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唯ちゃんと、シェアハウスの住人(16)

お話が、過去に戻ります。


 コンコン


 遠慮がちに自室のドアを叩く音に気が付き、戸を開けると三島君がいた。

 幽鬼のようなその佇まいに恐怖を感じ、思わず無言で戸を閉じてしまう。


 ドンドンドン!


 今度は強めに戸がノックされる。隣室から苦情が来てはやっかいなので、仕方なく細く戸を開けた。

 そこにガッと手を掛けて、三島君は体をねじ込んで来る。


 腹が立つと言うより、気味が悪い。何故ならここまでの動作を、彼は無言でやり通したのだ。

 いつもヘラヘラしていたり余計なことまでぺちゃくちゃ喋ったりする、むしろ騒がしいと言う形容が似合う彼が、別人のように暗い顔をしている。押し返すのも怖くて、仕方なく後退りして机の前の椅子に腰を下ろした。すると三島君はスタスタと目の前を通り過ぎ、勝手に俺のベッドに腰掛ける。

 俯きがちに盛大な溜息を吐いてから、彼がボソボソと話し始めたのは―――やはりと言うか当然と言うか、土屋さんのことだった。


 曰く、

『ツッチーが、口をきいてくれない』

『口をきくどころか、目も合わせてくれない』

 なんなら

『三メートル先にいるのを視界にとらえただけで逃げられる』


―――さに、あらん。


「あれだけ釘をさされれたんだ。まともな神経をしていれば、そうなるだろ」


 正直もうこのゴタゴタには関わりたくは無かったのだが、憔悴した彼の様子に諦めて俺も口を開く。


「『あれだけ』……?」


ポカンとしている三島君に俺は、カレーパーティでの出来事を説明する事にした。あくまで淡々と、事実のみを。


「カレーパーティの時、三島君が唯さんと消えただろ?」

「え、あ……うん」


 そこで突然三島君は慌てたように目を泳がせた。

 チリリと胸が痛む。俺はまだあの時の三島君の曖昧な態度を、腹立たしく思っているのだ。なのに親切にも彼にあの後の説明をするなんて、本当は馬鹿らしくてやってられない気分である。


 ただ土屋さんが彼を避けるのは、佳奈とか言う女の攻撃によるもので。あの女から理不尽な攻撃を土屋さんが受けてしまったのは、そもそも三島君がキチンとあの女に引導を渡さないからだと思った。

 三島君は土屋さんを追いかける一方で、あの女にも良い顔をしている。その所為で土屋さんが不利益を被った。それを元凶の三島君が知らないのは、確かにフェアじゃない。

 俺が知っている範囲のことは僅かだろうが、三島君に伝える意義はあるだろう、と考えた。


「お前が消えた後、佳奈とか言う女が唯さんを悪く言ったんだ。それを土屋さんが庇って、あの女に八つ当たりされた。何て言ったっけ? 確か―――そう『三島君は毛色の違う野良猫を構うみたいに、ボッチな人間をほっとけ無いだけだ』とか」

「え……は?」


 そこで落ち込んだ様子で下ばかり見ていた三島君が、ポカンと顔を上げた。

 何とも間抜けな顔だ。理解が追い付いていないのだろうか。


「そうそう、こうも言っていたな。『好かれてるって、上から目線の態度で接するな』とかなんとか」

「ええ?!」


 三島君は今度は蒼白になって立ち上がり、椅子に背を預けている俺の肩をガっと掴んだ。


「な、何でそんなこと―――カケルは黙って聞いてたのか?!」


 責める口調に俺はムッとして、彼の手を払いのけた。


「流石に腹が立って遮ったよ。だけど土屋さんは、碌に反論もせずに出て行ったんだ」

「そんな……それを早く言ってくれれば……」


 恨みがましい視線を向けられた俺は、舌打ちせんばかりに言い返した。


「あのな、三島君だって俺に黙っていることあるだろ?」

「え……」

「唯さんのことだよ! 俺が聞いても、はぐらかしてさ。彼女と一体どういう関係なんだ? あの女が言うように、本当に付き合ってたのかよ?」

「ええ? なワケ……っ!……ああっもう!」


 三島君は首を振って後退り、ドサリと再びベッドに腰を下ろした。

 それから観念したように、ボソリと呟いた。


「……言い辛かったんだよ」


 告白の気配に、俺はゴクリと唾を飲み込んだ。覚悟を決めて、改めて尋ね直す。


「やっぱり、元カノなのか?」

「違うよ! 友達の(ねぇ)ちゃん……と言うか、友達の兄ちゃんの彼女……いや、もう結婚したから、やっぱ『義姉(ねぇ)ちゃん』でいいのか?」

「えっ……」


 結婚?


「え? でも彼女、俺より年下じゃあ……」

「何でだよ。働いてるだろ? 唯ちゃんは俺達よりずっと年上だよ。確か五つか六つ……」

「え……え? 五つ……?」

「唯ちゃんは、よく友達の―――(あらた)ん家に遊びに来ていて、俺もよく遊んで貰ったんだ。新とは中学は違ったから一時疎遠になってたけど、最近また交流が復活して。そんでこのシェアハウスも紹介して貰ったんだ。でも唯ちゃんの話まではしてなくて……」


 頭が真っ白になった。


「唯ちゃんに遊んで貰っていたのは俺が小学生の頃だから……そもそも付き合うとか言う関係じゃないよ」

「結婚って……」

「そう! それ! カケル、気が付いて無かったの?」


 今度は三島君が、呆れたように溜息を吐いた。


「いや、俺より若いって思ってたから……」


 だけどショックで思考が混線している俺は、ボンヤリとそう言うしかない。だって、そうなんだ。そんなこと考えても見なかったから。


「指輪してただろ?」


 指輪?……してたか?

 女性がキラキラした物を身に着けていることはあるけれども、男の俺には興味の無いものだ。特にどんなものを着けているかなんて、注目してはいない。


「いや、俺アクセサリーってあんまり分からないから……」

「えー!」


 三島君は両頬を押さえて、悲鳴を上げた。


「結婚指輪だよ?!……左手の薬指に指輪してたら、既婚者でしょ? 常識だよ? 知らないの?!」


 まるで俺が非常識な人間とでも言わんばかりに、目を丸くする。

 しかしハッと我に返ったように首を振って、口元に手を当てた。一転して独り言のように、トーンを落としてブツブツ言い始める。


「いや、そっか……やっぱそうか……そうだよな。変だなーって、思ったんだ。もしかして『既婚者であっても好きだ』って意味なのかな? って、思ってさ。それなら傷口に塩を塗る様なこと言えないな……って。話題にするのも、遠慮してたんだけど。そうか、まさか、指輪の意味を知らない人間がいるとは思わなかった……」


 それからパッと表情をクリアにして、三島君は俺を正面から見据えた。


「いや、でも漸くつながったよ! そうだよね、カケル『人妻好き』ってワケでも、なかったんだね。心配して損した! そっか、そっかー……」


 頭をガンと殴られたような衝撃を受けて、俺は覚醒した。


「はぁあ……俺が?! まさか!」


 まさか妙な誤解で、俺を気遣って(?)言葉を濁していたとは……!

 怒りを覚えた俺の前で、ホッとしたように三島君は胸を撫で下ろした。


「いやさ、一見真面目そうに見える地味な人って、意外にも道に外れたことに興奮する性質だったりするじゃない?」


 俺はアングリと口を開けて、二秒ほどパクパクと空を食べる。

 そして、今度は俺がこう怒鳴り返した。




「……なワケあるかっ!」

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