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黛君の彼女

黛に告白したクラスメイト視点のお話です。

 勇気を出して告白した。

 結果、アッサリOKを貰った。


 本当に……?


 まゆずみ君は爽やかな容貌の美少年だ。


 彼がクラスに入って来た時、時が止まったかと思った。話し掛けるのも躊躇われるほど美しいのに、すごく気さくで結構おしゃべり。いつも男子の和の中心にいて、ゲラゲラ笑っている。男子には人気だけどクラスの女子の中には、言葉が乱暴過ぎるとか、自分勝手だとか強引過ぎるとかって批判する人もいる……だけど、その批判の大半は好意の裏返しなんだと思う。爽やかな美少年にもっと優しくされたい、こんな風に接してくれたら好きになっちゃうのにって―――勝手な夢を押し付けて、勝手に幻滅しているような人が多い気がする。


 私も実はそう思わないでも無い。

 だけど黛君があまりに格好良すぎて、すぐそんな考えは何処かに行ってしまう。

 運動神経の塊のような彼が、サッカー部の練習試合で華麗にシュートを決める処なんか目撃してしまうと……あっという間に目がハートになってしまうのだ。


 批判的な意見を言う声の大きな子に同調したり、同調しないまでもそれに敢えて対抗しない子が多いので、クラスの中で黛君を好きだって声に出して言う子はほとんどいない。

 だけど黛君と滅多に話す機会の無い他のクラスの女子や、大人っぽい先輩方が黛君の練習風景を見てきゃあきゃあ騒いでいるのを眺めていたある日―――誰かに彼を取られちゃうんじゃないかって焦りの気持ちがムクムク湧いて来て、見切り発車で告白を決意したのだった。


 サッカー部の練習がお休みの日を狙って、校舎の陰の百葉箱の前で彼を待つ。そこに現れた彼は、やはり美しかった。切れ長の二重の目で見つめられると、頭がぼーっとしてしまう。


「おい、何の用だ?」


 それほど親しく無いクラスメイトに向かって言う言葉としては、かなり乱暴な口調だと思う。でも、それがいつも通りの黛君だ。女子の関心を惹こうと優しい口調で話したりなんかしない。


「あの……好きです!付き合ってください!」


 それだけ言って頭を下げた。

 本当はもっと色々お話する予定だった。まずクラスの話題から初めて……自分の事も話して……黛君の事も聞きたかった。それに好きな人がいるのかとか、付き合っている人がいるのかとか、前もって確認しないと駄目だと思っていたのに、彼の美しい顔を今この場所で独り占めしているという事実に舞い上がってしまい、口に出たのは結局、告白という結論そのものだった。


 頭を下げて、返事を待つ。

 心の中は、興奮と後悔の嵐で渦巻いていた。


(やっぱなー、駄目だよね。だって、たいして話した事も無いし。私なんて見た目も平凡でスタイルが良いわけでもない。成績も中くらい、部活も茶道部の幽霊部員だし―――はい、無理ですね。やっぱやめときゃ良かったー……昨日深夜ラジオで聞いたJ-popで、勇気を出して告白するって歌詞の曲聞いちゃって盛り上がっちゃったのがいけなかった……距離も詰めないでいきなり告白とか、ナシだよ~~。振られたって何が変わる訳でも無いって思ったけど、やっぱ変わりまくりだ!だって、クラスでこれからも顔を合わせるんだよ~!まだ冬休みにもなっていないのに……!)


 自分の迂闊さを呪い、自らに駄目だしする。ちなみにこの間2秒しか経過していない。


「いーよ」

「……え?」


 笑いを含んだ声が聞こえて顔を上げると、爽やかな笑顔の黛君が。


「あの……」

「付き合ってもいいよ。じゃあ、これから一緒に帰らねぇ?」


 え?夢……?

 即答なんて、あり得るの??

 よくて、保留だと思っていたのに・・っ


「ほ、ほんとに……?……あっ!」


 踏み出そうとして力の入らない足が、何もない地面に引っ掛かって体が傾いだ。

 ヤバいっ転んだ……!

 と、思ったのに、私の体は何かにしっかりと支えられ、地面に倒れ込まずに済んでいた。




「っぶねーなぁ。気を付けろよ」




 なんとビックリ!―――私は、黛君に抱き留められていた。


 な……なにコレ?!

 少女漫画?

 転びそうになったところをサッと支えてくれた。そんな紳士的な行動の後、乱暴な口調で爽やかに笑う美少年イケメンって―――こんなシチュエーション有りなの??


 夢?……夢だ!夢に違いない……!


 でも、夢でもいい。

 間違いでも構わない。


「ったく、ドジだなー。ほら行くぞっ」


 そう言ってニヤリと笑いながら、手を離す黛君。

 私は我に還って、その背中を小走りに追いかけたのだった。







 で。


 私達は今、校門の傍にある公園に居る。


「かっしまー、待った?」

「ううん、全然待ってない」

「そっかー、悪かったなぁ。ちょっと用事ができちゃって」

「大丈夫、待ってないから」


 黛君は公園の入口でベンチに腰掛けている女の子を見つけると、ぴゅっと走り出した。

 知合い?と思って、慌てて彼を追って走り寄ると、そこにいるのは目立つ美人というわけでは無いけれど、ほんわかした雰囲気の可愛い女の子だった。


 え?今日、この子と待合わせしていたの……?


 あれ?さっき、私と付き合ってくれるって返事……してくれたよね。え?どう言う事……?

 既に彼女が居て……私とも付き合うから、三人で帰るって事……??


「……黛君?その子は……?」


 ほんわか女子が、首を傾げて私を見た。


 ギクっ

 も、もしかして、修羅場の始まり……?!


「ああ、彼女。さっき付き合う事になったんだ」

「……え!」


 こっちこそ「え!」だ。

 そんなにアッサリ正直に告白しちゃうの?!

 も、もしかして黛君、私に乗り換えて「これでお前とはサヨナラだから」って彼女を振ろうとしているの……?そんな……!黛君は好きだけど、彼女がいるのに割り込もうとか、そんな大それた考えも勇気も持っていなかったよ……!


 ああ……きっと彼女に恨まれる。

 これじゃ、私が略奪したうえ別れてって唆したみたいじゃない……!

 明日から『略奪女』ってあだ名ついちゃったらどーしよー!!


 と私の内心の葛藤を余所に、ポカンとしていた彼女の顔が、ものスッゴイ笑顔に変わった。


「そうなんだ!良かったねー。おめでとう!やー、良かったわ~」


 手を叩いて「良かった」と繰り返す彼女。

 え……いい人過ぎる……て、ゆーか、もしかして彼女じゃないの……かな?

 そして、黛君は「そっかぁ?良かったかー」と褒められて嬉しそうにしている。


「あの……」

「私、鹿島唯って言います。私の彼が黛君の幼馴染なの。よろしくね!」


 あ。そ、そっか。

 ホッとして肩の力が抜ける。

 勘違いね。私の早とちりだった。思わず頬に朱が上ってしまう。盛大な勘違いが恥ずかし過ぎて。


 黛君もニコニコしながら、鹿島さんを見ている。

 鹿島さんは、優しく私に微笑みながら尋ねてくれた。


「えーと、お名前聞いていい?」

「そうそう、俺も聞きたかったんだ。お前名前何て言うんだ?」


「「は?」」


 黛君の信じられない質問に、私と鹿島さんは目を丸くした。


「ちょっと……」


 鹿島さんが、信じられない、という顔で黛君を凝視した。黛君はその批難の眼差しを受けてもなお、ニコニコしている。

 あ、あれ……?なんかおかしいな……


「えっと、聞かれなかったから知っていると思ってたんだけど……江島えしま七海……です」

「ふーん、何年生?」

「……一年生です……」

「タメじゃん。何組なの?」

「……同じクラスだよ……」


 ここまで言っても、黛君は「そうなんだ」と形の良い眉を少し上げただけだった。

 ああ、ウットリするほどカッコいい。

 だけど、あんまりだ。

 鹿島さんもベンチに腰掛けたまま、怪訝な顔をしている。


 そりゃそうだ。

 まさか名前も知らない相手から告白されて、即答するなんて。

 自分で言うのもなんだけど、告白した瞬間に一目惚れされるような美女では無い。


「……名前も聞かないでOKしたの?」


 鹿島さんが私の気持ちを代弁するように、黛君におそるおそる尋ねた。私をチラリと心配気に見たから、黛君をって言うより私の事を気にかけて質問を口にするのを躊躇っているようだ。この子、や、優しい……。


「そうだけど。今彼女いないから、いっかなっと思って」

「ええ~~」


 鹿島さんが、批難を籠めた感嘆符を上げながら、如何にも引いてますって顔で黛君を見た。咄嗟に思わず出てしまったんだろう。その証拠に私の事を思い出すと、ハッと真顔になって口を塞いでいた。


 いいんです。鹿島さん。

 私も声さえ上げなかったけど、同じ気持ちだから。


 一気に気持ちが冷えていくのを感じた。


 そ、そりゃあ、私だって黛君とあんまり話した事無いし、それで勝手に見た目が好きだからって、告白したけど―――OKして貰った時は奇跡かと思って舞い上がったけど―――あ、あんまりだぁ……!


「そんな事よりさー」


 『そんな事より』……?


「鹿島聞いてくれよ、俺今度の練習試合にスタメンになるんだぜ、フォワードなんだけどさ、監督、俺の猪突猛進な性格、意外と見抜いてるよね!ワハハ!でさ……、…………でも俺が思うにはさ、4-4-2のフォーメーションって守りに偏っていていて駄目だと思うんだ。監督の考えはわかるんだけど、もっと攻撃的な布陣を試すべきだよな、ところでさ……」


 鹿島さんが気を使ってくれてベンチを勧めてくれたけど、黛君は座った後もずっと、鹿島さん相手に思いついた話題を捲し立てている。鹿島さんの表情を見ると多分内容を把握できてないような気もするけれど、黛君は気にならないのかご機嫌で話し続ける。


 時折、鹿島さんが「あのー、黛君?私はいいから二人でお話したら……?」と気を使ってくれるんだけど黛君は「鹿島気ぃ使いだな~。大丈夫、大丈夫」と、何が大丈夫なんだかわけのわからない返事をして笑っている。おい……。


「なっ!大丈夫だよなぁ、七海!」


 ドキン!


 今の今までほとんど無視されていたのに、いきなり爽やかな笑顔で名前を呼ばれて、思わずグッと喉が詰まる。


 ひ、卑怯!悪魔……!


 そして私の馬鹿!面食い!


 くっそ~悪気無しかよっ!そして『ドキン!』って何だ、私!







 それから暫くして、鹿島さんの彼氏が現れた。黛君と違ったタイプの長身のイケメンだった。確かバスケ部だと思う。クラスの女子たちがカッコイイって噂してたから。

 四人でミスドに寄って、世間話をした。

 鹿島さんと一緒で、本田君は口数は少ないけれども優しい感じの男の子だった。

 黛君と違って、遠くで憧れていた女の子が近くで話をするようになっても、ガッカリしないで済みそう。これはモテるだろうなぁ……。


 それから二週間ほど黛君と付き合いを続けたけれども、黛君は相変わらずで。

 決まった日に公園へ行き、鹿島さんの迷惑も顧みず彼は話し続ける。

 申し訳なさそうな戸惑った顔の鹿島さんを見て、何故か私の方がかえって申し訳ない気持ちになってしまう。


 と、言うワケで。

 私は黛君とお別れする事にした。


「私から告白しておいて悪いけど……」


 と私が別れを切り出すと、黛君は付き合った時と同じように「いーよ。わかった」と爽やかな笑顔で快諾したのだった。




 黛君とはお別れしたけど、私は鹿島さんと仲良くなった。彼女は、黛君のマイペースっぷりに疲れた私の心の癒しだった。今では「唯」「七海」と呼び捨てにするほどの仲だ。


 そして黛君の態度は―――全く変わらない。


 私の事を相変わらず「七海」と呼び、クラスで顔を合わせれば挨拶もするし世間話もする。重い荷物を持っていたら「一人で持てる荷物じゃねぇの、考えたらわかるだろ」とか乱暴な口を聞きながら、ひょいっと奪ってくれる。


 そういう時は相変わらずドキっとする。

 でも判っている。黛君は単に親切なんだ。ちょっと自分中心で回りが見えていない処はあるけど―――いい奴なんだよなぁ……ただ顔が良すぎるだけで、皆そっちしか見ないけど。あ、私もか。テヘ。


 本当は初日で、舞い上がった気持ちはすっかり冷めていた。

 だって、黛君って唯の事が好きだよね。彼氏から取る気、全くなさそうだけど。

 そういう感情も隠さない彼を見て、夢から覚めてしまった。

 私の『好き』って何だか違う。遠くから見た黛君に恋はしていたけれど、黛君本人に特別な感情は持っていなかった。

 だけど何だか嫌いにもなれなくて、二週間付き合い続けた。もしかすると唯と黛君と三人でいるのが楽しかったからかもしれない。


 と、言うワケで。

 この秋、私は失恋(?)をしたのだけれど。

 代わりに唯と黛君という、新しい二人の友達を得たのだった。



お読みいただき、ありがとうございました。

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