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唯ちゃんと、シェアハウスの住人(7)

12/27

改めて読み直し、(1)~(7)話を改稿しました。

特に本話(7)話を大幅に加筆修正しております。既にお読みの方、お手数をお掛けして申し訳ありません<(_ _)>

出来事や話の流れは変わりませんが、登場人物の心象描写を大幅に修正しております。

 シェアハウスで開催される二度目のパーティは、カレーパーティだそうだ。餃子パーティは最初の集まりだからと参加したが、今回は見送ろうかと正直迷っていた所だ。


 けれどもどっちみち、夕食は食べなければならない。良い匂いが漂って来る中、部屋で一人指をくわえているのも妙な話だ。

 それに三島君の言う通り、偶の息抜きも必要だろう。シェアハウスに戻った途端、毎日部屋に籠って勉強ばかりしている俺には、他の住人達と交流する機会はこれ以外ほとんど無いのだし……と、誰にする必要もない言い訳を考えてみる。


 本当の理由は、本田さんだ。

 帰る時間がマチマチなのもあってか、あれ以来菜園で本田さんに会っていない。顔見せがてら、石井さんが本田さんをパーティに連れて来ることを期待して、俺も今回のカレーパーティへの参加を決めたのだ。


 期待通り、果たして本田さんは石井さんに連れられて現れた。

 グッジョブ! 石井さん!! と内心賞賛を送る。彼の紹介を受けて「よろしくお願いします」と柔らかい笑顔を見せる本田さんは、皆に好意的に受け入れられているようだった。


「あ」


 思わず零れた、というような声に振り返ると、それは三島君だった。その視線は、いまさっき挨拶したばかりの本田さんの方へ向けられている気がした。


「何?」

「えっ……と。いや……」

「タクミ! 今日来れたんだ?!」

「佳奈ちゃん」


 其処へ乱入して来たのは、耳の下くらいで切った茶髪をフワフワさせた、目が妙にパッチリした手足の細長い派手な女だった。唇が真っ赤で、まるで吸血鬼の仮装をしているようだ。細い鎖状のピアスがチャラチャラと揺れている。ここに猫が居たら我慢できずに飛び掛かるんじゃないだろうか。


 躊躇もせず、彼女は三島の肘に自らの腕を絡める。

 こういう所は、やっぱり付いて行けないと思う。初対面に近い異性同士で名前呼びとか、腕を組むとか……あり得ない。半ば本能的に、俺は二人から距離を取る。


「忙しいって言うから、来れないかと思った」

「ああ、うん。何とか、ね」


 おや、と思う。

 相変わらず名前呼びではあるし、腕を振り払うことはしないものの、三島君は以前と比べて少し佳奈とか言う女子から一線引いているように見えた。俺が指摘したことを、少しは気にしているのだろうか。ノリはチャラいし察しも悪いけれど、どうやら三島君はモテたからと言ってますます調子づくタイプでは無いようだ。ただ単にモテるのが日常茶飯事ってだけなのかもしれないけれど。


「最近メッセージの返事、遅くない?」

「そう? 俺、講義中とかバイト中はチェックしないからなー」

「全然既読にならないんだもん。遊びに行く予定、立てられないじゃん」

「えーと、それね。ちょっと今は難しいかも……」


 ちなみに俺はすぐ傍にいながら、この会話には全く関わっていない。はた目から見て、イチャイチャしているように見えなくもない二人の遣り取りを、飲み物を飲みつつ眺めているだけだ。つまり、完全にモブ。


 よし、仕方ない。俺は当初の予定通りカレーを食べよう。―――そしてあわよくば、本田さんに話し掛ける! 

 そっと退散するべくじわじわ後退りすると、三島君から助けを求めるような視線を向けられた。


 いや、無理だわ。俺、肉食系女子、苦手だし。


 と言う気持ちを込めて、スチャっと片手を上げる。彼も二十歳を過ぎた大人の男なのだから、自分の身くらい自分で守れるだろう。

 クルリと踵を返す。すると、ドンと柔らかい何かにぶつかった。


「ゴメン! 痛くなかった?」

「いいえ! 大丈夫です!」


 ぶつかった相手は、鼻を抑えている土屋さんだった。パーティだというのに相変わらずこちらは全く化粧っ気も無く、いつも通り真っ黒い髪をひとまとめにしている。肉食女子の佳奈とか言う女とは対照的に、アクセサリーのような物も何も付けてはいない。


「「……」」


 パリピの二人と違い、地味そのものの俺達は会話をスムーズに続ける術を持たない。数秒気まずい沈黙が漂った。そのままその場を離れようとした時、土屋さんがつっかえるように言葉を発した。


「あのっ! カレー……食べましたか」

「あ、いや。今から取りに行くところ」

「……ですよね」


 今日は手の空いてる者が集まってカレーを作ることになっていた。顔合わせになる最初のパーティには準備段階から参加したが、今回は早く戻れなかったので調理はしていない。俺が途中参加して飲み物に口を付けた時、ちょうど石井さんが本田さんの紹介を改めてしている所だったのだ。

 またしても、何とも言えない沈黙が訪れる。


「じゃあ、俺カレー取りに行くから……」

「あ! あの、カレーは三種類あるんですよ。ええとルーカレーとキーマカレーとスープカレー。私、玉ねぎを切りました」

「そうなんだ。じゃあ……」

「どっ……どれも美味しいですよ。味見させて貰ったので」


 微妙にたどたどしい、というか独特なテンポの話し方だ。話が終わったかと思いきや、続いている。上手く話が着地しなくて、何だか落ち着かない。……お互い様か? 石井さんの方も、若干不安気な表情に見えた。


「ツッチーは、どれがお勧め?」


  コミュニケーション不全て硬直した空間。そこに颯爽と、三島君が現れた。

 朗らかな声で、土屋さんに魅力的な笑顔を向けている。途端に緊張した雰囲気が和らいだ気がした。流石リア充! パリピ! 気まずい雰囲気にを打破してくれた彼に、俺はホッと息を吐く。


 が、顔を上げた土屋さんの表情は、直ぐに暗く転じた。

 残念なことに。三島君はいまだに真っ赤な唇の佳奈とか言う女を、腕にぶら下げたままだったのだ。


 土屋さんは、目をうっすらと細めて二人から体を引き気味にしている。

 気持ちは、分かる。俺も正直三島君のような軽いノリはなじみがないし、更に言うと三島君に磁石みたいにくっ付いている女に関しては、完全に苦手なタイプだった。きっと土屋さんも同じなのだろう。彼女の普段いるフィールドは、俺と似たようなものだと思うから。


「……ええと、ハイ。どれも美味しいですよ」


 前のめりな三島君に対して、土屋さんの温度は低い。しかし彼は全くめげていないようだ。


「そうだろうけど、ツッチーはどれが好き? 味見したんだよね? そうだ! 俺にお勧めのカレー、よそってよ!」

「あの、ご自分で好きなのを選んでいただければ……」

「ツッチーがよそってくれた方が、ゼッタイ美味しいよ。ツッチーが選んだカレーを食べたい」

「っ……!」


 感心するくらい、三島君は積極的だ。

 彼の歯の浮くような台詞に、土屋さんは真っ赤になって口を閉ざす。 一方その台詞を言った三島君は、恥ずかしそうに俯く土屋さんを、いかにも楽し気に目を細めて眺めている。

 しかしただ残念なことに……三島君は、佳奈とか言う女をまだ腕にぶら下げたままだ。彼女はチラリと三島君を見上げて、不機嫌そうに眉を寄せる。


 なんだ、この三すくみは……!


「もう、彼女真っ赤じゃん、本気にしちゃうよ! カレーなら私がよそうから、揶揄うの止めてあげなよ」


 いかにも親切そうな台詞だが、佳奈とか言う女が直前に浮かべた怖い顔を目の当たりにしていた俺の背筋には、ヒヤリとしたものが走った。フォローされた側の土屋さんは、案の定視線を下げて俯いてしまう。

 やはり女同士にはピンとくるような類の……悪意が籠っていたのだろうか。

 するとやおら土屋さんは、三島君の顔を見ないまま「あの、温かい内に食べて下さい」と言って、背を向ける。

 自らリングを降りたのだ。その背中を見送る女が勝ち誇った笑みを、赤い唇に浮かべる。


 怖いよ……! 


 モテ男の周りはいつもこんななのか? まるで女同士が撃ち合うボクシングのリングに、うっかり上がってしまった観客みたいな気分になった。


 しかしまたしても、何故かこの揉め事に俺は巻き込まれてしまうのだった。

 背を向けて立ち去ろうとした土屋さんが、俺の腕をグイっと掴んで引っ張ったのだ!


「え?」


 俺の腕を掴む土屋さんの表情は……極めて固い。

 なんだ、どういう状況だこれ?

 頭が追い付かず、引かれるままになていると視線を前に向けたまま、土屋さんが低い声でこう言った。


「早く、食べましょう。冷めちゃいますよ」

「あ、ああ……」


 迫力に押されて、つい頷く。

 確かに、早く食べなきゃいけない。それは、そうだ。


 早くカレーを食べたかったんだ。お腹もすいているし……それから、そう! 久しぶりに本田さんに話し掛けて、それからこの間のお礼を言って……。

 そう、とにかく、俺は訳の分からない三角関係に巻き込まれている場合じゃないんだ……!

 と、思いつつそのまま俺はグイグイと彼女に引っ張られて、カレー鍋が置かれているテーブルへと連行されて行く。


 勿論、振りほどけないほどの拘束では無かった。それに「離してくれ」と言えば彼女は離してくれただろう。佳奈とか言うシツコイ肉食女子と違って、遠慮と言う言葉を知っている筈だ。

 だけど、彼女の固い表情を見ていると、そう言葉にするのは憚られた。その手を拒否する事は、あの女にプライドを傷つけられたらしい土屋さんを更に貶める行為のような気がしたのだ。


 溜息を吐きつつ、彼女に引かれるまま振り返ると……三島君が、以前見た事があるような絶望的な表情を浮かべていた。

 またしても何か誤解しているようだ。いや、この場合彼の自業自得だろう。別の女とベタベタしながらアプローチしても、土屋さんには伝わる筈がない。佳奈とか言う女が言うとおり、揶揄われているだけだと誤解されても、仕方がないだろう。


 お前、人付き合い上手いくせに―――好きな子にだけ『不器用』かよ……!


 ああ、俺は一体いつ本田さんに話し掛けることが出来るんだろうか。少し離れた所で、外国人二人と楽し気に会話する彼女を眺めながら、焦燥感に駆られた。


 改めて、巻き込まれたことに文句を言いたい気持ちが込み上げて来る。

 カレー鍋エリアに辿り着こうとする所で、批難を込めて再び振り返る。

 手薄になった三島君の周りにはわらわらと女達が寄ってきていた。真っ赤な唇の女が牽制するように張り付いている。


 あーあ、やっぱリア充かよ。いいじゃん、あれだけモテてれば。別に土屋さんに拘る必要ないじゃん。俺を巻き込むなよ。


「わ! あのっ……ゴメンなさいっ!!」


 そこで正気に返った土屋さんが、慌てて俺の腕を離して頭を下げた。


「あの、私……!」

「カレー」

「え?」

「カレー、食べよう。冷めるんでしょ?」

「あっ……ハイ! 私、よそいます!!」


 もう諦めて、土屋さんに作業を一任することにした。

 カレー皿にご飯をよそう彼女の脇に立ちつつ、視線を女性に囲まれるスラリとした長身に向ける。すると周りと話しつつ、こちらを気にしてチラリと視線を向ける三島君と再び目が合った。


―――なんとも情けない表情だ。


 怒る気が失せて、俺は再び大きな溜息を吐いたのだった。



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