表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/48

唯ちゃんと、シェアハウスの住人(1)

本田家の不動産会社が所有する、シェアハウスに住む学生視点のお話です。少し長くなるので一話完結ではなく、連載形式とします。

いつも通り波瀾はありません。

(…の予定です。いつも通りプロットはあるものの、見切り発車です)


ランチのおとも、オヤツタイムのお茶請け話、または帰り道電車での暇つぶしにチラッと立ち寄って頂けると嬉しいです( ^^) _旦~~


※時期は、これまで書いているお話から少し遡ります。

 別作『黛家の新婚さん』に登場する七海の妊娠が冬に発覚し、その後の春~夏のお話です。

 色々あって心機一転、俺はちょうど更新時期に来ていた部屋を引き払い、最近流行りのシェアハウスと言うものに引っ越した。

 何故新居をシェアハウスにしたのかと言うと、それには幾つか理由がある。


 まず、家賃が今まで契約していた部屋より安かった。おまけに家具付き。個室ごと寝具とエアコン、冷蔵庫が既に完備されている。

 それから英語に身近に触れられる環境である、ということ。そのシェアハウスでは、外国人の受け入れも行っているのだ。

 そもそも何故引っ越しを決意したのかと言うと、半同棲状態の彼女に半年ほど前振られたのが切っ掛けだった。


 独りになった部屋で、洗面所の歯ブラシ立てに一本しか立っていない歯ブラシを目にしては、かつて存在したもう一本を思い出す。あんなに邪魔だと思っていた化粧水や美容液、ヘアアイロンやスタイリング剤、そう言った通常の彼女をつくる無駄に思えるようなアイテムの数々を目にしては、苦い気持ちになる。

 ぽっかりと空いた空間に、彼女の不在を思い知らされずにいられない。付き合っていた頃は家主である俺の持ち物が肩身狭く思えるほど、彼女の物が占有するスペースに辟易していた。なのに思い切り余裕を持って棚を使えるようになった今、ガランとしたその様子に知らず溜息が出てしまう。


 そんな自分の未練がましさを意識する度凹んだり、部屋のそこここに残る彼女の想い出を反芻してウダウダしたりして過ごすこと―――三ヶ月。風の噂で、既に別の男と彼女が付き合っていると知った。

 そこで漸く、このままじゃいけない、と思えたのだ。

 ちょうど今のアパートも、更新時期だ。ならいっそ引っ越してしまおう! 俺はやっと、未練がましい思いを吹っ切ろうと、重い腰を上げるに至ったのだ。


 大手不動産のホームページを検索しつつ、大学前の駅にアクセスの良い沿線沿いで不動産巡りをしていた。ふと目につき、飛び込みで入った地元の不動産屋でこのシェアハウスの物件を紹介されたのだ。

 その時ピンと来たんだ。独りでいるとまた、きっと彼女の不在を思い出してウジウジしてしまう。流石に今から学生寮に入る気概は持てないけれども、こういう緩い集団生活なら寂しく無いのではないだろうか、と。


 おそらく初めて付き合った彼女に振られて、自棄になっていたのだろう。

 中高一貫の男子校で育った俺は、勉強と部活ばかりの生活で、地味だけど気の良い仲間と付き合うのが日常の、非リア充の典型だった。だから知らない相手と暮らすなんて選択肢、これまで想像したこともない。なのにその時はそれが一番良い選択肢だと直感したんだ。そして実際、引っ越しを実行に移した。

 そんなワケで大学四年生の四月と言う中途半端な時期に、俺はシェアハウスと言う未知の世界へ飛び込むことになったのだ。







 入居して一週間。『見知らぬ他人と同じ屋根の下』と言う状況に、自ら飛び込んだものの最初は少なからず緊張していた。が、シェアハウスの住人達との距離感はそれほど近くなく。少し人見知りな俺も、案外居心地良く過ごせた。

 外国人の入居者の割合は、三分の一ほど。しばらく暮らしてみて気が付いたのだが、当初の目的の一つである英語の上達に関しては、あまり期待できないかもしれない。わざわざ日本人と同居することを選ぶ人達だからか、日本語に堪能な人が多い印象だった。当たり前だが、英会話の方は自分でコツコツ頑張るしかないのだと悟る。


 キッチンや風呂、ごみの分別などのルールは経営する不動産会社が最初からマニュアルを作っている。共用部分は譲り合って使うし、挨拶はするけどそれぞれバラバラに生活していて、思っていた以上に住人達はドライな付き合いなようだ。他人との共同生活に構えていた分、少し拍子抜けした。でも慣れれば、これもなんてことはない。


 そんな居心地良くあるものの、普段はドライな関係のシェアハウスの生活にすっかり慣れた頃、キッチンに隣接するダイニングを兼ねたリビングで、ちょっとしたパーティが催された。不動産会社のシェアハウス担当だという石井さんと言う人が計画したもので、住人のうち有志を募って餃子を作って食べる、というものだ。だけどほぼ全員が、何らかの形で参加するらしい。

 作る、と言っても石井さんが既に餃子のタネを用意してくれていた。キッチンでそれを、それぞれ皮で包むらしい。独り暮らし歴三年ではあるが手の掛かる料理を一切して来なかった俺には、初めての経験だ。

 厳つい外国人男性が、意外にも手早く綺麗に包んでいたりして関心する。ヒダが上手く寄せられない俺は、諦めてヒダ無し餃子ばかり包んでいた。

 大皿にある程度数が揃うとそれをダイニングへ運び、用意してあるホットプレートで焼いたり、スープで煮たりして食べるのだ。なかなかに楽しい経験だった。同じ作業をすることで、それまで挨拶だけで通り過ぎていた相手の個性が見えてより互いを身近に感じられる。

 石井さんは眼鏡をかけた少し額の寂しい三十代の男性で、その額の寂しさをネタにして軽い笑いを取りつつ皆を和ませる、腰の低い感じの良い人だ。お陰でパーティなんて小洒落たものに免疫の無かった俺も、それなりに楽しく過ごせた気がする。


「ここって昔の古い公団住宅をリフォームした物件なんだよ。個人用の庭だったスペースは、菜園になっているんだ。普段は不動産会社が手配したオバちゃん達が野菜の管理をしてるんだけど、住人達で野菜を収穫してBBQで食べるって言う企画もあるんだって。楽しみだよね」


 話し掛けて来たのは、三島君だ。一つ年下の大学生で、建築を学んでいるらしい。

 彼はなんと言うか―――シュッとしている。

 発する声は自信に満ち溢れていて、張りがある。服装や髪型も、センスの塊って感じ。かといって、孤高のアーティスト的なやり過ぎ感や独りよがり感はない。つまり何と言うか、モテそうなタイプ。如何にもリア充って感じだ。

 シェアハウスに興味があって、自ら体験するためにわざわざここに引っ越して来たそうだ。既に他の住人と親し気に話していたから、ずっと以前からここに住んでいるものと思っていたが、意外にも俺と同時期、四月入居なのだそう。

 実を言うと俺も理系で、ソコソコ偏差値の高い私立大学に通っている。だが、彼の大学はワンランク上だ。理系専門の国立大で、入るのが物凄い難しい。ちなみに俺は、そこを記念受験して落ちた。

彼の物怖じしない性格は、その学力に対する自信ゆえだろうか? ……と考えるのは卑屈過ぎるよな。どちらかというと、専攻の違いなのかもしれない。同じ工業系とは言え、機械科と建築科ではお洒落度が違う……気がするのだ。

 女子の割合を見れば、歴然だ。機械科の俺の所は理系女子は一割弱しか存在しないが、三島君のクラスの女子の割合は半分くらいらしい。その所為かとても女性慣れしていて、日本人だろうが外国人だろうが女性にも分け隔てなくバンバン話し掛けている。それがちょっと、羨ましくもある。


 俺もあんな性格だったら彼女との別れを引き摺らずに済んだのにな、と考えたからだ。ちなみに元カノは女子大なので、一旦別れてしまえば顔を合わせる機会は皆無だ。


「どうですか? お二人はここに慣れましたか?」


 空になったホットプレートに追加の餃子を並べた石井さんが、柔和な目を細めて俺達に声をかけてくれた。三島君は少しパーマのあたった長めの栗色の髪をかき上げながら、笑って頷く。


「もうすっかり! て言うか初日から馴染んでます。ここ、良い人ばかりですね。シェアハウスって人間関係難しいって聞いてたから、覚悟してたんですけど」


 そうなのか。なかば思いつきと勢いで決めた俺は、シェアハウスの何たるかについてはよく知らないまま契約した。特に有名な不動産会社じゃなかったけど、窓口の人も親身に対応してくれてガツガツしてなくて感じが良かったのも、決め手になった。


「鈴木さんは、どうですか?」

「あ、はい。こういう集団生活って初めてなんですけど、思ったより居心地良いです」

「そうですか……良かったです。実はウチはシェアハウス手掛けるの初めてで、手探りしているところもあるんです。だから何か気が付いたことがあったら、遠慮なく相談してくださいね」


 石井さんが去った後、俺は先ほど気になったことを三島君に尋ねてみた。


「シェアハウスって、人間関係が難しいものなの?」

「そうらしいよ。俺、色々調べたんだ。でも世の中色んな人間がいるから、集団で住んでいたらお互い合わない奴がいるのは割と普通なのかもね。一番多いトラブルってのは、恋愛絡みらしいよ? 年頃の男女が一つ屋根の下なんだから、まぁ、あり得ない話ではないかもしれないけれど」


『恋愛』……元カノに早々と彼氏が出来たと聞いて踏ん切りをつけたものの、まだ古傷が疼く俺には、暗い感情を呼び起こさせる単語だった。

 すると表情を曇らせた俺を見て、何故か盛大に理由を勘違いしたらしい三島君がニヤリと意地悪そうに笑った。


「なに? 鈴木君って受け身に見えてその実、恋愛トラブル起こす系? イケメンだもんな」

「は?」


 言われ慣れていない事を言われて、俺はキョトンとした。

 これまで俺の顔の造作について褒めてくれたのは、親や親戚くらいなものだからだ。

……いや。でもかつて親族以外の人間で、俺を『カッコいい』と表現してくれた女の子が一人いた。つまりその一人って、ズバリ元カノのことなんだけど。


 まぁ、白状すると、言われ慣れないこと言われて持ち上げられて、アッサリ好きになりました! つまり、俺は恋愛慣れしていないチョロイ男ってワケで。そんでアッサリ振られて未練がましくかなり引き摺って、半年経って流石に未練は吹っ切れたものの。未だに小さな切っ掛けで古傷を疼かせるような、情けない男なんだ。だから三島君のようなタイプにそんなことを言われるなんて、想定外だ。そんなワケないのに、俺の事情を分かっていて意地悪で揶揄っているんじゃないかと疑ってしまう。


 頭一つ俺より背の高い三島君は、身を屈めるようにして前髪と眼鏡の中に潜む俺の目を覗き込んで来た。ジッと三秒ほどそうした後、再び背筋を伸ばして朗らかに笑う。


「違うの? モテすぎて困るから、ワザと顔隠しているんだと思ってた」

「……モテるワケがない」


 眼鏡は高校時代から掛けていた古い型のものだ。元カノに勧められてここ一年くらいワンデーコンタクトを使うようになったけど、別れてからは面倒臭くなって眼鏡(コレ)ばかりだ。前髪も同様で、定期的に散髪を勧めてくれる彼女がいなくなったので、野ざらしのボサボサ。目の前に簾が掛かったようになっている。ひょっとして短髪だった高校よりも、残念な見た目になっているかもしれない。


「俺なんかより三島君の方が……モテすぎて困ってるんじゃないの?」


 ヘアスタイルも服装もあか抜けていて、如何にも都会っ子って感じだ。地方出の、地味な俺には色んな意味で眩しく感じる。


「俺?」


 三島君は自分を指差し、アハハと笑った。


「モテない、とは言わないけど……」


 その正直過ぎる返答にはちょっと呆れたけれど、謙遜して否定しない所もますますスマートだな、と感じてしまった。そんな魅力が、彼にはある。そこはかとなく、リア充の匂いがプンプンするのだ。パーティ慣れしているのも、モテ男って感じだし。

 けれども三島君は笑いながら、軽い感じで否定した。


「好きな子には全然、なんだよね。タイプじゃない子には、グイグイ押されるんだけど」

「好きな子って……どんな?」


 何となく興味が湧いて尋ねてみる。しかし三島君の返答を聞いて、何となく彼が『好きな子にモテない』理由が分かる気がした。




「毎日早起きして予習するような、真面目なタイプ。真っすぐな黒髪をゴム一つで素っ気なく纏めて、いつもスッピン! 化粧なんかしたことがない! みたいな。あ、そんで肌が赤ちゃんみたいにモチモチしていたら、言うことナシ!!」

「……そう言う子は、三島君みたいなタイプ、避けるんじゃない?」




 ほぼ初対面の人間に対して―――かなり失礼なことを言ってしまったと言うことに気が付いたのは、台詞を全て口にした後だった。

 やべぇ、と思って口をつぐむ。だけど言われた当人である三島君は、気を悪くする様子もなく肩を竦め、俺の失言に同意するように頷いたのだった。


「そうなんだよなー。チャラく見えるのか口説いてるつもりでも、決まって冗談だと思われる。そんで、そう言う子って同じような堅実なタイプが好みだからさ。ちょうど鈴木君みたいなタイプ? そんで、恋愛相談とかされちゃうの。アハハ」


 確かに『チャラい』と言う印象は否めない。

 でも逆に言うと、そう感じるくらいお洒落で、知らない人間にも親し気に話せる能力がある人間だってことだ。決して社交的とは言えない地味を自称する人間(つまり俺のような。そして三島君が好むタイプの女子)からすれば、そう言う能力を持つ三島君を遠い存在に感じてしまうだろう。好意を寄せられても、単に揶揄われているだけだと受け取ってしまうのも頷ける。

 そう、彼は地味とは真逆の……まさに如何にもリア充! って感じなんだ。

 だけど意外にも、恋愛に関しては不器用らしい。

 それでも自分のスタイルをそんな彼女に好かれる為だけに変えようとは思わないようだ。自分を持っていると言えばそれまでだけど、ある意味、難儀とも言えるかもしれない。


 俺なんか、彼女に言われるままに見た目を変えてたしな。身に着ける物や髪型について、拘りもプライドも何にもないもの。彼女と出会うまでは、そこにある物を着て、髪だって邪魔になったら切るだけだった。

……でも彼女の好みに合わせたのに、結局振られてるんだよな。つまり自分が無さ過ぎってのも、女の子の気持ちをを繋ぐのには足りないらしい。


 やっぱ恋愛って、難しいな。


 たかだか二十年、生きただけの俺にとっては女心を掴むのは至難の業だ。

 見た目はリア充そのものなのに、やはり俺同様に女心に関しては不器用らしい三島君に、俺はそこはかとない親近感を抱いたのだった。

出演予定の唯ちゃんは、舞台袖の影でスタンバイ中です。

本当は彼女が出て来る所まで書く予定でしたが、話が予想外に膨らみ長くなったので一旦ここで、お話を区切らせていただきます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ