おまけ・ポンちゃんの自家用車2
『黛家の新婚さん』の『ドライブ日和? のおまけ 』で削ったエピソードをおまけ話として追加します。描写は少し異なりますが、一部『黛家~』と重なる場面があります。
本田の大学時代からの友人で、同じ航空会社で整備士をしている万里小路高志視点のお話です。
※『黛家の新婚さん』の『ドライブ日和? のおまけ 』のネタバレがあります。事前にそちらに目を通していただいてから読んだ方が、お話を楽しめるかと思います。
小規模の整備工場と言っても良いような大きな空間だった。そこにはズラリと、様々なタイプの車が並んでいる。ほとんどが、いわゆる高級車と呼ばれる類の車だ。
高志は友人に導かれるまま、その一つ一つを眺めつつ進んだ。辿り着いた一番端の間仕切りの向こう側は洗い場になっていて、コイン洗車などにあるような、水を勢いよく噴射する洗車ガンまで備わっている。そこには今回の目的である乗用車が、ひっそり自分の出番を待っていた。
白い車体が、持ち主からの愛を誇示するようにピカピカと輝いている。
「おー! カッコイイ!!」
「さっき、洗い終わった所なんだ」
高志が上げた心の底から賞賛の声に、本田は少し照れたように微笑む。
ここは、本田家所有の車庫なのだそうだ。同じ航空会社で働くパイロットにして大学時代からの友人である本田心が購入したばかりの愛車を見るため、本日彼はその車庫まで足を運んだのだった。
「……乗る?」
「良いのか?」
まるで自慢の息子を紹介するかのようにソワソワと嬉しそうな本田の仕草に、高志もつい笑ってしまう。
「どうぞ。そのために来たんだろ?」
「やりー!」
運転席のフレームの辺りに少し寄り掛かるようにして立っていた本田は、柔らかい笑顔を浮かべスマートに扉を開けてくれる。その光景を目にした高志は、思わず噴き出しそうになってしまった。
仮にも親切心から取っているであろう友人の対応に、失礼にも彼が笑ってしまいそうになった理由は―――事前に、あるポスターを彼が目にしていたからに違いなかった。
「『王子』のポスター、すっごく人気なんだって!」
恋人の綾乃は高志と同じ航空会社(正確には子会社だが)で働く、グラウンドスタッフである。その綾乃が仕入れて来た噂話を、彼はいつも聞くともなく聞いている。
整備士の高志の職場は、男性ばかりだ。従って女性ばかりの職場で働く綾乃とは、異なる環境で日々過ごしている。彼女と付き合う内によくよく思い知ったことがある。女性ばかりの職場では、もの凄い勢いで雑多な情報が飛び交っているようだ。高志の職場である、理系男ばかりの職場では一切トピックに上がらない噂話が多すぎる。
偏見かもしれないのを承知の上で言えば、その話題の半数は信憑性の低いゴシップだし四分の一は覚えていなくても問題の無い事柄だと、高志は思う。つまり女性の間で出回っている噂話については、真面目に細かく捕らえる必要は無い……!
とは言え、高志は勿論敢えて彼女の前でその持論を口にしてはいない。黙って彼女の猫の目のように移り替わる話題に、相槌を打っているだけだ。時々『今、聞き流してたでしょ』と指摘され、内心ギクリとするのはご愛敬である。
その綾乃が今回持ってきた噂話は、友人の本田に関するものだった。
顔立ちが、冗談みたいに整っている。背も高く足も長く、頭が小さくてスタイルが良い。その華やかな容姿と柔らかい対応が、特に若い女性の間で受けていた。本田が地上勤務をしていた時にグラウンドスタッフ達が彼を『王子』と陰で呼び始め、その呼称がいつの間にか社内の女性陣に広まっているらしい。
その精悍な美貌のためか、はたまた真面目な勤務態度が評価されたのか、なんと彼のインタビューが、今年度の新入社員勧誘用のサイトに採用されたようだ。印刷版のパンフレットにもバッチリ本田の写真が掲載されているらしい。
綾乃から聞いた話では、サイトの写真をダウンロードしている同僚も多いそうだ。ウソか誠か、パンフレット保存分の在庫がいつの間にか大量に消えていた、というまことしやかな噂もあるらしい。
更にその写真が、ネット上の『イケメン』まとめサイトにも取り上げられて、密かな人気を博しているようだ。副操縦士が乗客に直接顔出しする機会はほとんど無く、本田自身はどうやらその人気の高まりに気が付いていないらしい。
更にもう一つ。これも冗談みたいな話だが、通常は俳優やアイドルを起用する航空会社の広告用ポスターにも、一部限定的にその本田の写真が採用されているようだ。就航する空港に隠れキャラみたいに貼られているそのポスターが、幾つか剥がされて盗まれたとか言う、不穏な噂もあるらしい。
しかしその噂話を綾乃から聞いた直後は「ふーん、まあ……本田だからな」と、高志は割と流してしまっていた。
本田が女性に注目されるのは昔から当り前のことだ。大学時代にも、学食で一緒にご飯を食べている時隠し撮りする人間と目が合ったこともあるし、写真部の女性からモデルになって欲しいと熱心に勧誘……と言うか執着されていたこともある。街を歩いていて、モデル事務所のスカウトだと名乗る人物から名刺を押し付けられることもあったらしい。
けれども実際そのポスターの写真を綾乃から示された時、思わずギョッとしてしまった。
これが本物のパイロットだと思う人は少ないだろう。ごくごく親しい知合いの高志でさえ、思ってしまうくらいだ。一見、本職の俳優やモデルを使ったとしか思えない出来で、思わずマジマジと二度見してしまう。これがプロの写真家の技、というものなのだろうか。本職のモデルか俳優が、パイロットの制服を着こなしているようにしか見えない。
あまりにも王子様然とした仕草と笑顔に、思わず噴き出しそうになったのはそのせいである。
しかしその衝動を抑えて、高志は車の方に集中する。やがて本田との車談義に話を咲かせつつ、ポスターの事は頭の片隅に追いやっていた。するとそこへ、本田の幼馴染と名乗るとんでもない美形の男、黛が乱入して来る。その距離感に最初驚いた高志だったが、意外にも話は盛り上がり、男三人すっかり夢中になってしまった。
しかし夢中になり過ぎた所為で、黛の妻と唯が男達の長話に呆れていつの間にかその場を飛び出してしまったのだ。
―――その時の、本田の慌てっぷりと言ったら。
『本田王子』のファン達がこれを見たら何て言うだろうか?
一瞬高志はそう言って、慌てる友人を揶揄おうかとも思ったが―――今更ながら青くなって慌てる友人がかなり気の毒に思えたので、止めて置いた。
話の流れから『黛家~』では削ってしまいましたが、高志は実はこんな事も考えていました。
何故かこのネタを二週間くらいコネコネこね回していました。
先日一旦全ボツして書き直したら、漸くすんなりまとまった……!
こんなに一話に時間かけたのは久しぶりです。単なる蛇足のおまけ話なのに……。
久し振りの追加更新にも関わらずご訪問していただき、また最後までお読みいただき、有難うございました!
もうちょっと、このネタ続くかもしれません。が、いつ投稿するか分からないので今回も一旦完結表示とさせていただきます。




