おまけ・ポンちゃんの宝物
別作『黛家の新婚さん』で手芸の話を書いていて思いついたので、投稿しました。
珍しく三人称。波瀾もヤマオチもなしのおまけ話です。
本田は唯との新居に、黛と七海と同じマンションを選んだ。
引っ越しにあたり持ち込んだのは、最低限の衣服や仕事に関係する書籍くらい。それでも仕事が趣味と実益を兼ねているので、特に不自由に感じることはない。その他、キッチン用品など日常に必要なものは、唯と一緒に新しく買い揃えた。もし何か必要になれば、すぐ近くにある実家にその都度取りに行けば良いのだ。まるで大きな倉庫を無料で借りているようなもので、非常に便利である。
空気が乾いて木枯らしが吹き始める頃、冬物を取りに買ったばかりの自家用車で実家に向かった本田が戻って来た。手には不織物の衣装箱を抱えている。
「ただいま」
「おかえりなさい。荷物……それだけ?」
車でわざわざ出かけたにしては、手にしているのは衣装箱一つと少ない。唯が歩み寄って、夫が手にしている衣装箱を覗き込むと、彼はふわりと笑って否定した。
「いや、まだ車に二箱残ってるよ」
「じゃあ、私も手伝う……」
二人で運べば往復は一度で済むだろう。そう考えた唯が、背の高い夫を見上げた時―――行きには見掛けなかったあるモノを見止めた。眉を顰めて、それを見定めるように注視する。
俄かに記憶が蘇って来て、思わずカーッと頬が熱くなった。
「え、これ……」
「ん? ああ、寒かったから」
本田はそれを、クローゼットで冬物を出した時に見つけたのだと言う。
「だ、だめ!」
「え?」
「取って……!」
唯がサッと手を伸ばして奪おうとしたそれを、咄嗟に庇うように本田は背を逸らした。抵抗するように背を伸ばしたまま、問いかける。
「なんで? せっかく温かいのに、外したくないよ」
ピョン、ピョン! と必死で飛び跳ねる妻を目にして、その手を避けながらも思わず彼の口が笑ってしまう。
慌てている自分をノンビリと口元を綻ばせつつ眺めている本田に、唯は頬を紅潮させて抗議した。
「もう! ふざけないで!」
本田としてはふざけているつもりも、揶揄っているつもりもないのだが……。伸びてきた手を反射的に避けてしまい、更に必死になる妻が可愛すぎて、ついつい口がにやけてしまったのだ。
「可愛いなぁ」
悪いと思いつつも、本音が口に出てしまう。
「……!」
飄々と居直るその様子に、眉を吊り上げる唯。上目遣いに拗ねるその様子があまりにも可愛くて、無意識に手が伸びた。本能に任せて思わず小さな体をキュッと抱き込むと―――油断大敵、敵もさるもの、その隙にスルリと首元から柔らかくて温かいモノが、抜き取られてしまった。
「あ! やったな!……ねぇ、寒いんだけど」
クスクス笑いながら腕に抱え込んだその顔を覗き込み不満を口にすると、軽く睨み返されてしまった。その手には、少々不格好な、極太の毛糸で編まれた編み物が握られている。
それは、唯が初めて本田に贈った手製の編み物だった。
初心者の手のものであることが、見た目にも分かりやすい、網目がところどころいびつなマフラー。なんと、彼女が小学生の時に作った、力作である。
小学生の頃は、出来上がった感動もあいまって、上出来だ! と幼い彼女は悦に入っていたし、親も褒めてくれた。付き合ったばかりの彼氏である本田も、受け取った時は瞳をキラキラさせて喜んでくれた。―――ただ、大事に部屋に飾ってはくれたものの、学校には着けて行ってはくれなかった。
そうなると、徐々に手作りのアラが目について来る。やはり出来が悪くて着けるのは恥ずかしいのだろうか……なんて、唯は少し寂しくなってしまった。が、へこたれない彼女は、翌年奮起した。練習を重ね編んだ『マフラー二作目』は、なかなかの出来だった。
新しい作品をプレゼントすると、本田はまた瞳をキラキラさせて喜んでくれた。更には、中学校へそれを着けて通ってくれたのだ。この時初めて合格点を貰えたような気分で、唯は誇らしく思い、また安堵したものだった。
本田にしてみれば。貰ったプレゼントは最高に嬉しかったけれども……唯が心配するのとは違った意味で、恥ずかしくて着けられなかった、というのが真相だ。小学校の高学年では、自分達のように付き合っているカップルはほとんどいなかったから、余計に照れ臭かった。クラスメイトの男子が騒ぎ立てるのも容易に想像ができた。揶揄われるのも、居心地が悪いような気がしたのだ。
だが中学校に上がって周りにもカップルが増えると、そんな風に騒ぐ人間もいなくなる。同時に憑き物が取れたように、成長した本田の中からも羞恥心は消えてしまった。何がそんなに恥ずかしかったのかと、自分でも首をかしげるくらいだ。
冬が近づいて来て、昨年貰ったマフラーをいよいよ着けようか……と思っていた頃、唯から新しいマフラーをプレゼントされた。そして今度こそ堂々と、あるいは自慢げに恋人の手作りのマフラーを捲いて、本田は学校に通ったのであった。
かくして最初のマフラーは、日の目をみないまま大事にクローゼットに保管されることになったのである。
大人になった今、大事にしまっていたそれを見つけた本田は「なんてもったい無いことをしたのだろう」と思う。恥ずかしがらずにどんどん、クラスメイトに見せつければ良いのに……! と、小学生の自分に諭したくなったくらいだ。
それに改めて眺めてみると、手慣れないせいか少しいびつな形さえも、なかなか味のある仕上がりだ。何より小さかった唯が自分の為に懸命にチャレンジしてくれたのだと想像すると、手に取っただけで愛しさが胸に込み上げて来る。
試しに巻いてみると―――少し長さは短めではあるものの、なかなか自分に似合っている。
肌寒い時期でもあるし……と。ちょうど良いと思い、そのままそれを捲いて家に帰って来たのだ。
「もっと上手に作ったマフラー、あるじゃない!」
唯の手芸の腕は、今では各段に進歩している。マフラーどころか今ではセーターだってお手の物。どれもこれも、売り物と思われるくらいの出来なのだ。何もそんな、昔の失敗作を首に巻かなくても……! と唯としては慌てたワケである。
「それだって上手だよ?」
本田が甘い声で微笑むと、ますます唯は真っ赤になった。
「むぅ……上手じゃないもん……これは回収します!」
ササッとそれを背中に回して、唯は夫がマフラーを奪還するのを防いだ。
本田が自分を揶揄っていると受け取った彼女は―――すっかり拗ねてしまったらしい。
「えー!」
その後何とか妻を説得し、想い出のマフラーを取り戻した本田だったが。
結局、外で着けることは禁止されてしまったので、実家から新居に居場所を移したものの、それは日の目を見る機会を奪われ、再びクローゼットの奥に大事に保管されることになったのだった。
お読みいただき、ありがとうございました。
※次話を投稿するのか、投稿するとしてもいつ投稿できるのか不明な為、一旦完結表示とさせていただきます。




