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おまけ・ポンちゃんの自家用車

久し振りに追加投稿します。


時系列として別作『黛家の新婚さん』の『後日談 黛家の妊婦さん』の『四十二、ショールームで』の後のお話です。

ポンちゃんは直接出て来ません。ポンちゃんの同僚、大学時代からの友人である整備士の高志の恋人、グラウンドスタッフの綾乃視点となります。


設定説明のような、ヤマオチなしのおまけ話です。

 決して立ち聞きが趣味な訳じゃない。

 誰がいるか確認しないまま、噂話をする方が―――悪いのだと思う。




「本田さんにはガッカリしたわぁ。パイロットが国産車って! それでもまだ高級車なら分かるけど、普通のちょっとゴツいだけの知らない車だし」




 辛辣な言葉は鈴の音を転がすような可愛らしい声で発せられている。またしても河合さんだ。このギャップ! 最初聞いた時は耳を疑ったよなぁ。


 河合さんは若手グランウドスタッフの素敵女子だ。お嬢様育ちらしく、嘘か誠か親戚が会社役員でコネで入社したのだと囁かれている。そんな噂もあって古株の同僚には陰で『お姫様』と揶揄を込めて呼ばれている。

 けれども線が細くて庇護欲をそそるような可愛らしい容姿には、その呼び名は嫌味抜きに相応しい。合コンに出れば全戦全勝! と言うのも納得と言うものだ。これでお仕事にもっと力を入れてくれればねぇ……まぁ、以前よりはだいぶんマシになった気はするけど。


 本田さんにラブラブの婚約者(今は奥様です)との仲をハッキリと見せつけられて以来、ちょっとだけ彼女の勤務態度に変化があったような気がする。だけどトイレで同僚相手に発せられたこの物言いは―――あれかね、負け犬の遠吠えってヤツだよね、きっと。いまだに本田さんを諦め切れないのかもしれない。なかなか同じ彼氏と続かない、と聞くのは、あの精悍な容貌でスマートな物腰の、若手パイロット一番人気と言われる本田さんと、いちいち比べてしまうからなのかもなぁ。


「へぇー。意外だね。王子だったらいっそ真っ赤なスポーツカーでも似合いそうなのに」

「まだパイロットなり立てじゃあ、仕方が無いかもね。初任給なんて普通の大卒と変わらないって言うし。でも副操縦士になったから、これからお給料も上がって行くんじゃない? むしろローン組んで背伸びして高級車乗り回すよりは、良いと思うけどなぁ」


 三人のうち、一人が『王子』こと本田さんのフォローをする。私も扉の影でウンウン、と大きく頷いた。誰がどんな車に乗ろうと自由じゃない。見栄で車を選ぶ方が、どうかと思うよ!


「そんな、貧乏くさいのは嫌だわ」


 フン、と河合さんが鼻で笑ったような物言いをする。

 こんな強気な言い方をしても、何処かそこに哀愁を感じてしまうのは私の耳に特殊なフィルターが付いている所為だろうか。すると話の矛先を逸らすように、もう一人が水を向けた。


「この間合コンで出会ったって言う河合さんの彼氏はどうなの? やっぱり外車?」

「そうねぇ、普段使いはベステ。それから休日のドライブはアルファロモロ、かな。彼、車好きらしくて、もう一台買おうかなって言ってるわ」

「すごーい」

「河合さんもお嬢様だから、もしかして自分でもスゴイ車持ってるんじゃない?」


 そう、私達グラウンドスタッフのお給料ではなかなか自家用車を維持するのは難しい。実家が資産家であれば車を持つことも出来るのだろうけれど。


「私は車は持たないの―――自分で運転するのって面倒だし。それに男性が車を持っているから、それに乗せて貰えば良いだけでしょう?」

「言うわねぇ!」


 河合さんの台詞にわっ! と場が盛り上がった処で、その会はお開きになった。


 そして今回も十分時間を置いて、私はこっそり個室の扉を出たのだった。







** ** **







「―――てなことがあったのよ」

「ふーん」


 珍しく休日が合ったので、私は仕事帰りに前日から高志(たかし)の家に遊びに来ている。デパ地下で買って来たご馳走を並べて、ビールで乾杯しているところ。


 え? 『手抜き』だって?


 手抜きも時には必要なのよ。だって料理を作っている時間が勿体ないでしょ? 二人でいる時間は限られるんだから。―――って、ハイこれ言い訳です! 私、あまり料理が得意じゃないのよね。なんなら高志の方が上手いくらいだもの。私が少ない自由時間を消費してレシピ通りに作る料理より、チャッチャッと作るシンプル男料理の方がずっと美味しいんだよね、悔しい事に。


 私は溜息を吐いた。


「本田さんは堅実なんだよね。見栄で無理して高級車買うよりは良いと思うけどなぁ。確かにパイロットは外車に乗ってる人、多いかもしれないけれど」

「……」

「本田さんが地上勤務終わって随分経つのに、いまだに河合さん、車までチェックしているって―――結構粘着質だよねぇ」


 そこまで言って、少し心配になった。


「あ……でも大丈夫かな? そう言えば河合さんの親戚が役員って噂が本当なら、本田さんに嫌がらせとかされたりしないかな」


 本田さんは幼馴染の彼女との恋を貫き、とうとう結婚に辿り着いたのだ。おそらく現在は新婚生活を満喫中だろう。なのにいまだに執着をチラつかせる河合さん。呑気に『負け犬の遠吠え』なんて考えていたけれど、実際これは割と心配な状況なのではないだろうか? 昨今のパイロット不足の状況で、まさか解雇なんて話はないとは思うけれど……。


 何となく不安になってそう言うと、黙って私の話を聞いていた高志がボソリと呟いた。


「大丈夫だろ。本田の方がよほどコネが強いから」


 小さな囁きだが、しかしやけにしっかりと言い切った。聞き捨てならない、と私は追い縋る。


「コネ? 本田さんにコネなんかあるの」


 高志は少し『しまった』と言う顔をした。が、私の爛々とした視線を躱し切れずに「オフレコだぞ」と言い添えて淡々とした口調で説明を始めた。


「本田はそう言うのアピールするの嫌だから黙ってるけど―――アイツんちかなりの資産家だぜ。それに確か本田のばーちゃんな、ウチの会社の会長とも親しくて、長い付き合いらしいぞ」

「え」

「詳しくは知らないけど、趣味で株もやっていてウチの株もけっこう持っているらしい。だから河合に役員の親戚がいたって、逆に何かしたらあの女の方がヤバい立場になるんじゃねぇか。あ、言っておくけど本田はコネ入社なんかじゃないぞ。いまだに会社にも内緒にしているらしいし。ばーちゃんにも口留めしているって、何かの時言ってたしな」

「じゃあ、本田さんはお金が無いから国産車で我慢している訳じゃなくて……」

「単に自分の好きな車を買っただけだろ? アイツ車の好みは昔から国産派だからな」


 そう事も無げに言い放ってから、高志は思いついたようにスマホを手に取った。本田さんが車を手に入れたと聞いて、気になったようだ。


 暫くして返信が届いたとき「おおっマジか!」とスマホの画面を覗き込み、高志はキラキラ目を輝かせる。こんな近くに久々に遊びに来た愛しい恋人がいると言うのに、ソワソワし始め―――結局耐え切れず本田さんに直接電話を掛けた。そして暫く興奮した様子で本田さんと熱い会話を交わしていた。その間私は高志のゲーム機で時間を潰すことになる……。


 漸く通話を終えた高志に「ところで本田さんの車ってどんなの?」と水を向けたのがまずかった。高志はスマホをスイスイっと操作して本田さんの購入したと言う車を映し出した。そして珍しく興奮した様子で、饒舌に語り出したのだった。


 話の途中でスマホ画面では分かりにくいから、とわざわざパソコンを起動して自動車メーカーのホームページを開き、その性能について微に入り細に入り説明してくれた。そこから話が飛んで、高志が大学時代に乗っていたというバイクの話。そして話題は自分が買いたい好みの車に移った。しかし話が詳し過ぎて理数系に疎い私にとってはほとんど講義だ。ハンドリングがどうの、とかトランスみっしょん? がどうの、とか……単語はほとんど頭に残らず、右耳から左耳にそのまま抜けて行った。


 結局長い車談義の中で私が理解できたのは―――本田さんは、その国産車のエンジンを特に気に入って購入しているらしい。ってことだけだった。


 エンジンなんてなぁ……高志や、本田さんの目の付け所は私には理解できそうもない。サーキットとかアウトバーンで走るならともかく、制限速度を守って公道を走る分にはあんまり関係ないよね。そもそも車なんて、見た目が可愛くて荷物が一杯積められればいいんじゃないかなぁ、としか思わないもの。




 けっこう長い付き合いだけれど。理系君のこだわりポイントと熱狂スイッチは、相変わらず良く分からない。




 見た目は『王子』で、優しくてスマート。将来有望なパイロットでおまけに資産家の息子でもあることが判明した本田さん。つまり彼は河合さんのみならず、女子垂涎のスパダリだったのだ……!


―――だけど確実に、彼も高志の友達だな、とこの件で私は実感したのだった。

高志とポンちゃんはオタク気質の理系君です。

一見そうは見えないけれども類友。


黛のショールーム巡りのお話を書いていて浮かんだお話です。

黛が車を買うと聞いて、自分も欲しくなってしまったポンちゃん。今回電話口の向こうのみの登場でした。


お読みいただき、誠に有難うございました!


※この後のお話をいつ追加するのか(はたまた追加自体できるのか)未定なので、完結表示とさせていただきます。

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