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おまけ・ポンちゃんと抱き枕

『後日談 黛家の妊婦さん』の『三十、抱き枕』の後日談。

ポンちゃん視点のおまけ裏話です。

 フライトあけの休日。朝起きると俺の奥さんである唯ちゃんが、ソファでスマホと睨めっこをしていた。俺は唯ちゃんの横に腰を下ろし、彼女の肩を抱いてその頬にキスをした。


「ポンちゃん、起きたの?」


 唐突な接触に、彼女は驚いてこちらを見上げた。満足の行く反応に、俺はニンマリと笑ってその額にあらためて口付ける。


「おはよう」

「おはよ」


 ニコリと微笑みを返してくれる唯ちゃん。手元を見ると、ショッピングサイトらしい画面が表示されている。


「何を熱心に調べていたの?買い物?」

「うん、昨日七海と一緒にご飯食べたって言ったでしょ?」


 唯ちゃんからSNSの定時連絡で、そのように報告を受けていた。黛家の人間が誰もいない夜だったので夕食を作って持参したらしい。黛も俺も仕事のために忙しく家を空けることが多いから、唯ちゃんと江島が俺達のいない間気軽に交流できるようにと同じマンションに空きが出た所を押さえたのだ。だからこんなふうに彼女達が過ごせたと聞くと、心から良かったと思う。


「その時七海が使っている抱き枕を見せて貰ったんだよね。それがとっても可愛くて手触りが良くてね……私も欲しくなっちゃったんだ」

「抱き枕?」

「うん。お腹が大きいとね、抱き枕が無いと眠る時体勢が苦しくなっちゃうんだって」

「へー」


 江島の話をする唯ちゃんはとても楽しそうだ。まるで自分のことのように、子供の誕生を楽しみにしている。

 この間など、江島の出産祝いにスタイ?……だったかな?つまり『赤ちゃんのヨダレ掛け』を作りたいと言って、外食のついでに手芸用品店に立ち寄って布を眺めていたことがあった。







『やっぱり柔らかいガーゼ生地が良いよね。水玉とか可愛いなぁ』

『そうだね(そう言っている唯ちゃんの方が可愛いと思うけど)』

『むっ……適当に返事しているでしょう?違うこと考えていない?』

『(ぎくっ)そんな事ないよ』

『本当かなぁ……あ!この柄すっごい可愛い!色違いであるんだ』


 ―――と唯ちゃんが持ち上げたのは、いろんなポーズを取ったシロクマが所狭しと並んだ布だった。赤と青、グレーと緑。


『ね、そう思わない?』


 微笑んで俺を見上げる唯ちゃんに、俺は咄嗟にパッと手を伸ばし手近な布を握って差し出した。


『こっちの方が良いんじゃない?』

『え?うん、これも可愛いねぇ……けど、ポンちゃん』


 ぎくり。


『これ恐竜柄だから……男の子だったら良いかもだけど、七海の赤ちゃんは女の子って言ってたよ?』

『あっ……そっか!だったら……いや、でも生まれて来るまで分からないって言うよね。ならどっちでも大丈夫な柄の方が良いんじゃないかな……』

『確かに、それもそうだね。でもこのシロクマも可愛いから、男の子も女の子もどっちでも行けるんじゃないかな?』


 理由なんて後付けだったんだ。だから唯ちゃんの言う通りなのだけれど……。

 それ以上の良い言い訳が浮かばず黙り込む俺の前で、唯ちゃんは思案気に腕組みをした。そして、小さく頷いて最初に目に留めた水玉柄の生地を手に取って笑った。


『うん。でも水玉の方が良いかもね。可愛いかどうかって人の好みによるしね。こっちにしよーっと』


 そう言って、唯ちゃんは足取りも軽く、水玉の布を手にしてレジへと向かったのだった。







 そんな遣り取りがあったのは、前回の休日の話だ。


 何故俺は咄嗟にそんな真似をしてしまったのか。自分の心の狭さが嫌になるが―――じつはシロクマは高校の時の唯ちゃんのクラスメイトである『ごっつぁん』こと後藤のトレードマークであるらしいのだ。高校の同窓会で同じバスケ部だった亀井が、後藤の会社である『ジョブフィーリング』が運営しているバイト情報サイトをスマホで表示して見せてくれた時、そのサイトのあちこちに出て来るシロクマのキャラクターを示して、彼がそのポヨポヨとしたふくよかな容姿から『シロクマ社長』と呼ばれているのだと教えてくれたのだ。


 だから咄嗟に、俺は唯ちゃんが選んだシロクマ柄を否定してしまったのだ。


 同窓会の時、後藤に見当違いの嫉妬をする俺の心を読んだ唯ちゃんに諭されて―――俺は物凄く反省した。そう、唯ちゃんはきっぱりと言ってくれたのだ『私は容姿でポンちゃんを好きになったわけじゃない。全然逆。ポンちゃんを好きになったから……フクフクした体型も好きになったの!』と。だから俺が後藤に嫉妬をする必要など、全くないのだと。


 しかし。


 しかし、だ。


 唯ちゃんは俺を好きだと言ってくれた。この先もずっと、と。

 俺達は約束通り結婚式を挙げ、入籍し夫婦になった。唯ちゃんは俺を大事にしてくれるし、いつも俺の事を考えて、優先してくれる……素晴らしい妻だ。そして彼女が俺のことを好いてくれていることも、それがずっと続くであろうことも俺はもう、疑ってはいない。


 ……いないのだが。


 唯ちゃんの好みが―――見た目で好きなタイプは、やはり依然としてフクフクした体格の良い男なのだ。シロクマのような、つまり『後藤』の見た目が彼女の好み、という事実は変わらないのだ。しかも……『もう考えまい』と決意したのにしつこくて自分でも嫌になるが、たぶん性格や中身も……後藤はたぶん唯ちゃんの好み……であることは間違いないのだと思う。二人の仲の良さは、やはり俺の目から見れば特別に感じるのだ。そしてそれを唯ちゃんが否定していなかったことに、俺は遅ればせながら気が付いたのだ。




 俺は小さい……心の狭い男だ。




 シロクマの柄を『可愛い!』と手に取った唯ちゃんを見て、嫉妬してしまったのだ。一度唯ちゃんが否定してくれたのに、そんなふうにしつこく細かいことに拘る小さな男だと思われたら―――ますます俺は唯ちゃんの好みから外れた男になってしまう。


 だから俺は小さな嫉妬を口には出さない。唯ちゃんは俺が好きな仕事をするのを献身的に支えてくれる。仕事のことになると夢中になって唯ちゃんを忘れる事も多い俺を、いつもニコニコと温かく迎えてくれる。こんなにたくさん尽くして貰っているのに―――小さな嫉妬で彼女に嫌な思いをさせたくないんだ。




「ポンちゃん?どうしたの?」




 いつの間にかギュッと彼女の体に回した腕に力が入っていたらしい。物思いに沈んだ俺を不思議そうに見上げる唯ちゃんがいる。彼女を心配させないように、俺は首を振って笑った。


「何でもないよ―――抱き枕だっけ?何個でも買えば良いよ、プレゼントするから」


 俺が不在の間、一人で眠っている唯ちゃんが心地良く眠れる助けになるなら、そんなもの何個でも、好きなだけ買えば良いと思う。


「ホント?わーい、嬉しいな!」


 唯ちゃんは嬉しそうに笑った。サイトを見れば一個三千円程度、安いもんだ。もっと高価なアクセサリーや服をプレゼントしたって良いと思っているのに。唯ちゃんは欲が無いから、俺に強請ったり勝手に俺の稼ぎでそういう物を買ったりしないんだよなぁ……必要な物がある時は必ず事前に相談してくれるし、だいたい自分の働いたお金で買ってしまうんだから。


「でもそんなに何個もいらないよ?一個あれば十分。うーん……どれにしようかな?」


 唯ちゃんはサンプル画像をめくって行く。それを俺は笑顔で横から覗き込む。いろいろあるんだな……ペンギン、パンダ、イルカ……犬は色んなタイプがあるな。柴犬にパグ―――




「うーん、やっぱコレが可愛いなぁ……七海と『おそろい』にしようかな?」

「……『おそろい』……も良いけど、違うタイプにした方が良いんじゃない?」

「そうかなぁ?」

「そうだよ。でさ!今度は江島を招いて見せてやれば良いよ」




 ―――俺は本当に器の小さな……嫉妬深い人間だ。




「そうだね。うん、じゃあやっぱりパンダにしようかな?実はこっちも気に入ってたんだ」




 と唯ちゃんは楽し気に頷いたのだ。その小さな体を囲む腕に再びギュッと力を入れてしまったのは―――無意識の事だけれど。


 その時、心の中で唯ちゃんに『ゴメンなさい』と謝ってしまったのは、言うまでもない。

こんなにポンちゃんに意識されていると知ったら、ごっつぁんは泣いて喜ぶかもしれません。


唯ちゃんがポンちゃんの嫉妬にあまり頓着していないのは、ごっつぁんが自分の事を異性として好きなのではない、と感じているからです。


余談ですが、唯ちゃんはポンちゃん以外の男性に思わせ振りな態度を取りません。そして唯ちゃんを『好きだな~』と感じた男の子がいても、ポンちゃんの存在を知った途端瞬時に戦意喪失しています。だから同じ高校にはそんな無謀な挑戦をする男の子はいませんでした。


それと読んでいる方には徐々にバレていると思いますが、ポンちゃんは結構キス魔です。唯ちゃん限定&人目のない所限定ですが。


二人がただイチャイチャしているだけのお話で、またしても申し訳ない。

お読みいただき、誠に有難うございました。



※前回の完結表示からあまり時間が立たない内に追加してすみません<(_ _)>

 たぶん、もう暫くは更新は無いかと……思います。ので、再び完結表示に戻します!

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