ポンちゃんと、キャビンアテンダント(8)☆ 【最終話】
『ポンちゃんと、キャビンアテンダント』最終話です。
※別サイトとは内容が異なります。
翌日、フロントで偶然顔を合わせた本田さんの相変わらずの美男っぷりに思わず私は目を細めた。
「奥様はまだ御滞在されているんですか?」
「ええ、内緒で来てくれたので別に部屋をとっていて。チェックアウトまでゆっくりさせる予定です」
屈託のない笑顔でそう語る本田さんの横顔を、食い入るように見つめてしまう。
やっぱカッコイイなぁ……好きだ!!
この思いが叶わないことは、嫌になるほど思い知った。
でもこっそり眺めるくらいは良いよね?彼は私の心のオアシスには違いないんだし。
私は痛む胸を抑えた。胸ポケットには今、彼のペンをこっそり忍ばせている。危ないからフライトまでには鞄にしまうつもりだけど、こうして一緒にいれると思うだけで―――彼に寄り添って貰っているような気がして心強い。だからもう、このペンの存在については触れはしまい。彼にはすっかり忘れて貰う事にしよう。
「あっ、そう言えば……」
スーツケースを手に歩きかけた本田さんが、思い出したように私を振り向いた。
「昨日豊田さんが言っていた、忘れ物のペンの話なんですが……」
「えっ……あ、はい!」
うっ……忘れて無かったのか……っ!
私の言葉を覚えていてくれたのは嬉しいけれど、複雑な気分だ。このペンを想い出として取って置こうと言う私の企みを見破られたような気さえしてしまう。気まずい気分で、私は胸ポケットからペンを取り出した。
「ここにあります。ど、どうぞ!」
しかし本田さんは差し出したペンを受け取ろうとせず、苦笑した。
「それ、機長のなんです。俺のペンのインクが切れてしまったので、貸していただいて……その場で返したんですが。渡辺機長、鞄にしまうのを忘れてしまったんですね、きっと」
「へっ……?!」
「おはよう、早いね」
そこへ、今まさに話題になっていた人、渡辺機長が顔を出した。
「あっ、機長!ブリーフィングの時にペン、忘れましたよね?」
「おお、そう言えば……」
「豊田さんが拾ってくれたそうです」
渡辺機長の視線と、本田さんの視線が私に集まる。
渡辺機長は素敵な人だ。素敵と言うか……見た目は憎めないような垂れ目の熊さんみたいな。勿論自己管理が第一のパイロットだからスタイルは悪くないのだが、何処か時代劇に都合の良い所で現れる『昼行燈』とか呼ばれるやる気の感じられない脇役みたいな……いや、優秀な、信頼できる機長なんですよ?本当に。CAにも優しいし、着地の時もスムーズだし。プライベートでも浮気とかの噂も皆無だし、きっと良い旦那さんなんだと思う。
だけど飄々としていて『憧れの……』とか、本田さんみたいに『王子様のような……』なんて形容は全く思い浮かばない。いや単純に年齢の所為もあるのかもしれないけれど。渡辺機長もきっと若い頃は大層おモテになったに違いない……と思うが、現在その片鱗は全く感じられない。
要するに、私達の年代の女性からは『気の良いおじさん』的な立ち位置の人で。あ、でも本当は、とっても偉いベテラン機長なんだけど……。
「あ!はい、どうぞ!」
両手を添えて、失礼にならないようにペンを渡辺機長に差し出した。ついでに色々な思いを込めて頭も下げる。
「ありがとう、豊田さん」
罪悪感とも喪失感ともつかない複雑な気持ちを抱えて顔を上げると、ニッコリ、と言うより『のっそり』笑う渡辺機長がいた。
何とか作り笑顔を返した私の頬は―――引き攣っていた。
あのペンにキスしまくった記憶を消し去りたい……っ!!
これは因果応報……?人の物(者も!)をこっそり掠め取ろうとか……そう言う悪い事を考えてはいけない。どうやら神様は見ているらしい……!!
もう……もう、ちゃんとした出会いを探す!
合コンも頑張って出るし、婚活もしてやる……!
私は今回のことを戒めとして、今後改めて清廉潔白に過ごす事を誓ったのだった。
【ポンちゃんと、キャビンアテンダント・完】
忘れ物のペンは、昼行燈キャラのキャプテン55歳のものでした。
道を踏み外し掛けた豊田さんでしたが、この衝撃で改めて真っ当に生きる事を決意し、婚活を頑張るようになり……結果として合コンも婚活も関係ない、同窓会で再会した同級生(地方公務員)と入籍する事になりました。めでたしめでたし。
お読みいただき、誠にありがとうございました。




