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ポンちゃんと、キャビンアテンダント(4)

「はぅっ……!」




 胸がギュッと絞られるように苦しくなって、思わず胸を抑えた。

 よろめく私に驚いた本田さんが慌てて声を掛けてくれる。


「……!……大丈夫ですか?」

「あ、はい……いえ、あの……」


 ついさっき、自分の軽率さに腹を立てていたばかりなのに。

 またムクムクと諦めの悪い『肉食女子』がひょっこり湧き上がって来てしまったのだろうか、私は咄嗟に嘘を吐いてしまった。


「その……スミマセン、あのト、トイレ……貸して貰えませんか?」

「え?」

「……その、どうしても我慢……できなくて……急にお腹がっ……」

「あ……」


 切羽詰まった私の声に彼は悟ってくれたようだ。ちょっと気まずげな表情を一瞬浮かべたが、頭を切り替えたのかパッと姿勢を正すと、「どうぞ」と扉を抑えて体を引き、私を部屋に招いてトイレのドアを示してくれた。


 恥ずかしい事この上無いが『そそっかしい』と認識されたことに乗じて、そのキャラを利用してしまおうと思い付いてしまった。往生際が悪いと言うか、諦めが悪いと言うか……何処にこんな能動的な自分が隠れていたのか、自分でも驚いてしまうくらいに、スラスラと言葉が出てしまったのだ。


 そう、彼の無防備な笑顔を見た瞬間、私はコロリと落ちてしまったのだ。どうせ笑われついで!旅の恥はかき捨て……!この時間を少しでも長引かせたい、とただ一心に願ってしまった。


「あ、ありがとうございます……」


 嘘を吐いている後ろめたさでつい声が擦れてしまう。しかしそれが、いかにも切羽詰まった様子に見えるのか、本田さんは非常に申し訳ないことに私を気遣って優しく一言添えてくれた。その優しい心遣いは私の一ミクロン以下に薄っぺらくなってしまった罪悪感を十分刺激した。




「あの、遠慮しないで入っていて良いですから。俺、奥の方で勉強しているので、この辺りには近寄りませんし」




 その明後日方向の気遣いに、私は申し訳なさと恥ずかしさで顔を真っ赤にしてコクコクと頷きつつ、お腹を抑えながらトイレへと踏み込んだ。


 痛かったのは胸なのだ、決してお腹では無い。


 ただ優しい本田さんは、私が急にお腹を下したのだと(……)了解してくれたようだ。薄い扉から響く音など気にしないように、と距離を取ってくれるとまで言ってくれた。


 バタンと扉を閉めて目の前の便座に服のまま、腰掛ける。両手で顔を覆ってガックリと肩を落とした。




「はぁー……」




 彼の人の良さに付け込む私……畜生道に落ちるかもしれない。でも。


 ドキドキと……胸が高鳴る。


 今私、本田さんのプライベートな空間にいるんだ!……信じられない。肝心のペン自体を忘れる大ポカをしてしまった自分に、さっきまで本当に呆れて地の底に落ちたような気分になったし、そのうえ彼に『そそっかしい』ってCAにあるまじき烙印を押されてしまい、本来なら更に落ち込む所なのだけれど―――今はその自分の『そそっかしさ』に、感謝さえしている。




 だってこんなに近くに、彼の傍に居る事を許して貰えるなんて―――!




 と、言ってもトイレのドア越し……なのだけれど。

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