ポンちゃんと、キャビンアテンダント(3)
困ったように頭を梳く手と、寄った眉根に咄嗟に悟った。
本当は「ちょっと上に飲みに行きませんか?」なんて、勇気を出して誘ってみようなんてそこまで心を決めていた。だけど彼の硬い態度で見えてしまう。
これ『飲みに行きましょう』って口に出した時点で、次から避けられる流れだ……!やばいやばい!避けられるのは嫌だ。彼は緊張の続くフライト中の、唯一の心のオアシスなのに~!
あああ!私のバカバカ!
ちょっと先輩の成功例聞いただけで逆上せて妄想しちゃって……!そもそも先輩の今回の結婚だってどういう経緯で付き合ったとか結婚したとか全然聞いて無かったんだ。もしかして小学生の時に出会った運命の相手と、彼の結婚後再会……とか、もう二度と会えない状況に陥って泣く泣く諦めて結婚したら、偶然機上で再会してしまった……とか、若しくは旦那様が親の借金のかたに政略結婚でいやいや結婚していて……とか複雑な事情があったのかもしれないのに!
少なくともこんな風に新婚ホヤホヤの男性に突撃する、たいして親しくもない仕事のつながりしかない女からの誘いなんて、そもそも彼が受けるわけないでしょおぉ……!
見た目からして真面目だもん!こんな冗談みたいなイケメンで性格も良さそーな男の人だもん!当然恋愛結婚だろうし、相手は極上美人のボッキュッボン!で親が石油王の、趣味でハーフモデルしている帰国子女だったっておかしくないし!更には非の打ちどころのない立派な性格の素晴らしい女性だったりして!
努力に努力を重ね、夢だったCAになった。自分で自分をちゃんと養ってるし、健康にも美容にも気を遣って仕事も頑張って税金だって払ってる。学歴だって世間的にはまあまあ良いって言われる大学を卒業しているし、自分としてはそんな自分に結構満足しているんだ。
……だけど周りにはもっとハイスペックの美女がわんさかいるんだよねぇ。
そんなハイスペック美女達に比べれば仕事もそこそこ、社交的でも無く家が金持ちでも無い公務員共働き家庭の三人兄弟の真ん中っ子で……合コン慣れもしていない隠れ人見知り女子の私が、ただでさえモテモテのパイロットなのに美男子で性格も良さげな超優良物件(しかも既婚しかも新婚)に迫ったって……上手く行くわけないでしょうおぉお!
と、こんな風に怒涛の自己批判と反省の嵐が体の中に吹き荒れたのは、コンマ一秒にもみたない一瞬のこと。仕事で培った接客反射神経をフルに活かして、私は彼の次の言葉を遮った……!
「忘れ物を……そう、忘れ物をしませんでしたか?」
「え?」
「あの、ブリーフィングで……その黒いペンを見つけまして。もしかして本田さんのモノじゃないかと思いまして」
「……ペン?」
本田さんは記憶を探るように眉を寄せ、遠くを見るように目を細めた。
うっ……!
ズキューンっと来たっ!ナニコレ艶っぽすぎるんですけど……!!
お願い、これ以上無駄にキュン死にさせないでぇ……!!
私は胸を抑えてよろめきつつ、持参したペンを取り出そうとポケットを探った。
「……あれ?」
サッと姿勢を正し、改めてパタパタと体に手を這わせる。
胸ポケット、ジャケットの両側……それからストレッチパンツの後ろポケットを探る。念のためポケットを引き出して隙間も確認する。あれ?……無い。
慌てて肩に掛けていた小さめのショルダーバッグの中を探った。うそ……無い。
「あ!」
思い出した。出がけにソワソワ行ったり来たりして―――スマホの呼び出しがあって、一旦あのテーブルの上に……。
「ペン……忘れました」
「え?」
「その、忘れ物のペンをお渡ししようと思って来たんですけれど、肝心のそのペンを私の部屋に……忘れました」
「……」
あああ……何やってんのぉ!
ガックリと肩を落とし、自分のイケて無さ加減に呆れてしまう。
ナニコレ、これじゃあタダの迷惑行為に他ならないじゃん!相手の迷惑顧みず、好みの男性を見たらまず押せ押せで迫る、そう言う押しつけがましい肉食女子のこと呆れて見ていた側だったのにっ!だから合コンとか行くのも苦手だったのに……。
まさに今、私がその嫌悪していた『肉食女子』になってしまったのだ。
愕然とするあまり……それ以上言葉を発する事が出来ずに、羞恥に沸騰する顔を両手で覆って俯くしかない。
「ぷっ」
堪えきれず噴き出すような音がして、空気が変わるのを感じた。
「アハハ……豊田さんって完璧そうに見えるのに、意外とそそっかしいんですね」
ゆっくりと両手から顔を上げると―――
ドアの枠に腕を預け少し体を傾け、口元を抑えて柔らかい表情で笑っている彼がいた。
どっきゅーん!
胸を撃ち抜かれて衝撃が体を駆け抜けた。
死ぬ……可愛すぎてキュン死にする……!!




