ポンちゃんの休日
久し振りに追加投稿します。
ポンちゃん、本田心視点。山もオチも無い、日常のヒトコマ。短い小話です。
※『黛家の新婚さん』のネタバレがあります。事前に『~新婚さん』「おまけ黛家の妊婦さん」十話までを読むことをお勧めします。
ベッドの中で目を醒ますと、隣にいる筈の小柄な存在は既に活動を始めて久しいようで。誰もいない其処に手を伸ばすと昨夜散々味わった温もりはもう消え去っていた。少し寂しい感情が胸の奥底から湧き起こるのだけれど……それはほぼ既視感に近い感覚だ。何故なら彼女は家を出て仕事に出掛けてしまったのではなく、二人で暮らすこのマンションの何処かには必ずいるのだから。
唯ちゃんは結婚式の後、仕事を辞めて俺優先の生活をする事となった。空いた時間で俺の母ちゃんの経営する不動産屋の事務をしている。だから夫の俺より、ひょっとして其処で働く信兄と一緒にいる時間の方が多いかもしれない。そう言えば結婚式の打合せもほとんど唯ちゃんと信兄のコンビでこなして俺は最後の最後に再度顔を出しただけだったな。式場のウエディングプランナーさんにも信兄が唯ちゃんの夫だなんて誤解されてしまうし―――それを思い出すと、少しだけ面白く無い。
ああ全く……南さんが信兄と付き合ってくれる事になって、本当に良かった。あの高校生の頃のように、信兄に羨ましそうな目で唯ちゃんをニヤニヤ見るようになって貰っては困るのだ。一時期信兄は唯ちゃんの友達である江島の事を憎からず思っていて、だけど結局振られてしまった。江島がいなければ残る信兄の心のオアシスは唯ちゃんのみ―――勿論唯ちゃんの事は信用しているし、本気で信兄が俺の唯ちゃんとどうにかなろうと考える訳が無いのは分かっている。けれど、ただ単純に俺より信兄が唯ちゃんに構われるのは面白く無いのだ。
好きな仕事に就いて、しかもその仕事に夢中な時は完全にプライベートは頭の中からシャットアウトしている。そんな風に彼女を放って置いているくせに、それ以外の時間は余すところなくずっとこっちを見ていて欲しい。……なんて考えてしまう俺は全く我儘で狭量な人間なのだろう。だけど俺の唯ちゃんは、それを事も無げに叶えてくれる女性なのだ。
ベッドをのそりと抜け出して、寝室から廊下へ。それから居間のドアを開けると案の定ソファに彼女が座っている。録画している英会話の教育番組を見ながら、手には編み棒を握りせっせと糸を手繰っている。
「器用だな」
思わず感心して呟くと、パッとこちらを向いた唯ちゃんがほんのりと笑った。
「起きたんだ」
「うん」
「ご飯食べる?それとも先に珈琲でも飲む?」
「うん……」
と言いつつソファに歩み寄り、編み棒と毛糸を籐籠に戻して立ち上がろうとした唯ちゃんの隣に座り、そのまま腰に抱き着いてそのふっくらと柔らかな弾力を持つ太腿に頭を乗せた。要するに膝枕だ。ついでにギュッとつきたての御餅みたいなお腹に顔を埋める。
ふふっと笑う気配がして、唯ちゃんの小さな手が俺の短めの髪の毛を梳く。それからツンと一束引っ張って楽しそうにこう零す。
「ねぐせ」
「……」
良いんだ。寝癖なんか放って置いても。
仕事に行くならちゃんと直さなければならないけれど―――今日は休日だし、天気が良くて気持ちが良いし、そして何より俺の腕の中には……唯ちゃんがいる。寝癖を直している暇があったら、ただこうしてくっ付いていたい。
「ポンちゃーん、ねえ珈琲は?ご飯は?」
俺を促す彼女の声を無視して、暫く応えも返さずにグリグリと彼女の気持ちの良い感触を堪能していると―――そのお腹の奥が『きゅるるっ』と僅かに鳴いた。
ゆっくり顔を上げて彼女を見ると、頬を染めた唯ちゃんがプッと頬を膨らませて俺を責めるように見下ろしていた。
「もう!ニヤついてないで!起きるまで待ってたんだから、お腹空いてるの!早く食べようよ~!」
俺はクスクス笑いながら、体を起こし彼女を解放する―――直前にチュッと膨らんだその頬に口付けた。
「なっ……」
唯ちゃんは頬を抑えて更に真っ赤になった。
「ご機嫌取ったって……駄目なんだから、もう本当に……」
スクッと立ち上がって眉を寄せる唯ちゃんの溜息が、もう甘い。ソファにだらりと寝そべったままそんな風に拗ねる彼女を楽しく眺めていると、諦めたように彼女はこう宣言した。
「ご飯!食べよ!」
「うん」
「『うん』って、ポンちゃん今日起きてからそればっかり」
また呆れられてしまった。
だけどその台詞の其処彼処に……愛情が滲んでいるのが手に取るように分かってしまう。だからたくさん呆れられても良いって気がする。
仕事ではパリっと身だしなみを整えて。
頭をフル稼働させて、人当たりの良い笑顔を張り付けて。
常に張り詰めて自分の中の理想のパイロットを精一杯勤めあげている、または目指している所。それがお金を貰って仕事としてお客様を乗せる機体を運転する義務だって思うし、大変でも辛くても其処をなるべく何でも無い顔をしてその役割をこなす事に歓びを感じている。
だけどそれが出来るのは―――常にこうして駄目な自分を受け入れてくれる彼女がいるからなんだ。
ああ俺って今、日本で一番幸せな男かもしれない。なんて思いながら、台所で遅めの朝ごはんの準備をする俺の奥さん―――唯ちゃんをニヤニヤ眺めて過ごした休日の朝だったのだ。
単なるノロケ話ですいません。
久し振りに登場したと思ったら、デレデレ・ダラダラしているだけで終わってしまったポンちゃんでした。
お読みいただき、誠に有難うございました。
※この後のお話をいつ追加するのか(はたまた追加自体できるのか)未定なので、取りあえず完結とさせていただきます。




