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おまけ・唯ちゃんの花嫁修行

三人称・七海視点です。短めのおまけ小話です。


※『黛家の新婚さん』の細かいネタバレがあります。気になる方は『~新婚さん』(43)話までお読みいただいた後、こちらをお読み下さい。

「えっ、花嫁修業?」

「うん、そうなの。結婚して仕事を辞めるって決めてから、ポンちゃんのお祖母ちゃんの離れに時々通ってるんだ」


 小学生から付き合いのある唯に、わざわざ改めて本田家の嫁としての教育を施すなんて―――さすが(よく知らないが多分)由緒のある本田家は違うなぁ、と七海は驚きを露わにした。




 今二人がいるのは唯の部屋で、小さなテーブルに向かい合って座っている。

 七海は先ほどキッチンで唯パパに海軍カレー指南を受けたばかりで、更に唯パパお手製のシフォン ケーキをたっぷりと泡立てられた生クリームと一緒に美味しくいただいて、ミルクティーを飲みながらおしゃべりに興じていたところだった。


「さすが古くからある資産家は違うね……」


 七海が嫁いだ黛家とえらい違いだと思った。

 唯は頬に指を当ててチョコンと首をかしげた。


「黛家だって資産家でしょ?」

「いやいやいや!」


 七海は両手を振って否定した。


「資産家だけど……っ!ゆっるゆるだよ?」

「『ゆるゆる』?」

「嫁に対する指導全くナシ、気負いも何も不要なんだもん―――楽ちん過ぎて申し訳ないくらい。だって今まで『嫁の心得』的なコト言われたの、二回しかないよ?」

「『嫁の心得』?」


 すると唯が身を乗り出して、七海に顔を近づけた。


「何それ面白そう、聞きたい!」

「……あんまり大した事言われてないよ?」


 言い方が大袈裟だったかもしれないと七海は口を濁したが、唯にキラキラした瞳で見つめられてしまうと……割とすぐに観念して口を割ってしまった。




「まずね、お義父さんから言われたのが―――『知らない人に付いて行ってはいけません』」

「ん?」

「次にお義母さんから言われたのが―――『自分の魅力を最大限引き出す服を身に着けること』」

「……んん?」

「あ、あとこれは嫁の心得って言うより旦那さんの要望かな?黛君の事、名前で呼んでほしいって言われてる」




 唯は一旦体を引いて、腕組みをした。少し眉根を寄せて七海をジッと見つめる。


「それ全部『嫁の心得』とちょっとズレてない?普通の事だよね」

「うん、だから『ゆるゆる』なの。新しい家族から『折り入って話がある』って言われたの、これだけなんだもん。後は何も要求されてないし……皆思っている事ズバズバ言うタイプだから、言えずに我慢しているって線も無さそうだし」

「へえ~」


 感心したように声を上げた唯に、七海は言った。


「だから余計に唯の花嫁修業の話聞いて、驚いちゃった」

「ほうほう……じゃあ、七海も体験してみるかい?」

「え?」


 唯がニコリと笑って七海を誘った。




「七海も一緒に―――『花嫁修業』しよう!」




 こうして七海は、唯と一緒に『花嫁修業』体験をする事になったのだった……!







** ** **







 そして『花嫁修業』体験当日。


 何故か汚れても大丈夫な服を着て来るようにと言われ、七海はジーンズに深緑地のタータンチェック柄のシャツにグレイのパーカーと言う格好で本田家にやって来た。インターフォンを押すと末っ子のあらたが玄関から出て来て、鉄格子で出来ている門を開けてくれる。


「いらっしゃい」


 今日の新は長めの髪をそのまま下ろしており、ダメージジーンズに白Tシャツと言うラフな格好でありながら、そこはかとなく『イイとこのボン』と言う雰囲気を漂わせている。もしかするとシンプルに見えるだけでどれもそれなりの品なのかもしれない……と七海は思った。姑にあたる玲子にファッション指南を受ける内に、漸く他人の身なりにも目が行くようになった七海であった。


「唯もう来てる?」

「うん、七海が来たら離れに連れて来いって言われてた」


 もう既に姉弟きょうだい然とした二人の関係が窺える。本当に今更『花嫁修業』って何をするのだろう?と七海は思った。

 セレブの花嫁修業と言えば……お茶とかお花とか?着物の着付け……もしかすると、親戚や取引先の名前や顔を覚えたり?挨拶状を手書きするための書道とか……?貧困な想像力しか持たない七海は、『花嫁修業』のイメージと言えばそれくらいしか思い浮かばない。


 新の背に付いて、いつもお邪魔している鉄筋コンクリートの母屋となる住宅をぐるりとまわり込み、整えられた垣根の間を通り抜け裏手にある小さなコロンとした三角屋根の家に辿り着いた。するとその前にある畑にしゃがみ込んでいた女性が立ち上がり、七海に向かって手を振った。


「七海!早かったね」

「え、もしかして唯?」


 唯はツバの大きな、頭全体を覆う帽子みたいなものを被り割烹着を着ていた。長靴を履いたしっかり『農家の奥さん』と言った出で立ちで、七海はてっきり雇われてここのお手伝いをしている人なのだと思っていた。


「じゃあ、七海頑張ってね」

「あ、うん。アリガト」


 案内役の新が手を振って戻っていく。七海が唯の元に近付いて行くと、雑草を抜いていたらしい唯が手をはらってゴム手袋を脱いで笑っている。


「今日天気良くて良かったね。じゃあ早速始めようか。……まず服だね。帽子とか用意してあるから準備しよう」

「あ、その帽子貸してくれるの?」

「うん、割烹着と長靴も一式あるよ」


 離れに向かう唯に付いて歩き出した七海は、後ろから尋ねた。


「『花嫁修業』って……もしかして畑の草取りなの?」


 それじゃ『修行』って言うよりただの『お手伝い』では無いかと思った。


「うん、それも修行の一つかな?結構面白いよ」

「へえー」


 マンション育ちの七海にとっては縁遠い作業だ。幼稚園か小学校で朝顔あさがおやゴーヤを育てた記憶はあるが、このような纏まった畑に踏み込んだ事など無かった。本当に楽しそうに唯が笑うので、何だか騙された感が無きにしもあらずだが大人しく畑仕事ルックを纏ってみる。


「じゃん!どう?」


 手を広げて見せ、それからポーズを変えて腰に手をやり気取って見せる。お道化た様子に唯がケラケラと笑った。


「うん、似合う似合う!」


 手を叩いて唯は喜んだ。その縁側に、離れの奥から小柄なお年寄りが顔を出した。


「貴女が七海ちゃんかい?」

「あ!お邪魔してます。これ、つまらない物ですが……っ」


 取りあえず買ってきた栗羊羹の包みを差し出す。これまで本田家を訪れる際いつも七海は古屋大福堂の大福を購入していたのだが、引っ越してしまったので仕方なく違う菓子を用意したのだった。


「ありがとう、じゃあ畑仕事の後の御八おやつにいただくわね」

「あ、はい」


 ニコリと笑った彼女の目元が少し本田兄弟に似ている気がする。姿勢もピッとしており昔は三人の母親、茉莉花のように綺麗な女性だったのだろうと、七海は想像した。


「じゃあ、揃った所で始めまようか」

「はーい」

「あ、はい。お願いします」


 何だか『花嫁修業』と言うより『農業体験』と言った方がしっくり来るようなおもむきだが……七海は頷いて、彼女達のお仲間に加わる事になった。







 ひと仕事終えて帽子を取り、三人は離れの縁側に戻って来た。

 畑が真ん前に見える位置にある縁側に腰掛けると、本田の祖母、香子きょうこは二人を残して奥へ入って行った。


「うーん、気持ちが良いねえ」

「でしょ?」


 思わず草取りに夢中になってしまった。何故かパズルゲームで遊んでいる時のように集中してしまい、アッと言う間に休憩時間になってしまった。


「草取りって面白いなぁ、あと土の匂いとか緑の匂いがするのって心地良いね」

「そうなの、畑仕事手伝った後って何だか心が落ち着くのよね。匂いの所為もあるかもねぇ」


 すっかり綺麗になった畑を眺めながら二人で目を細めていると、香子がお盆を手に縁側に戻って来た。


「御八つの時間だよ、お持たせで悪いけど」

「やった!」

「有難うございます」


 嬉しそうに手を合わせる唯、ペコリと頭を下げる七海。香子は目を細めて膝を付くと、二人にお盆を差し出した。

 温かい緑茶と七海が持参したお土産の栗羊羹。そして大根の漬物と何か朱い食べ物が別皿に盛ってあった。


「これも漬物ですか?もしかしてトマト?」


 透き通ったキレイな朱い食べ物は、良く見るとトマトだった。


「そう、もしかして初めてかい?」

「はい!見た事も無かったです」


 勧められて齧り付くと、爽やかな酸味が口に拡がった。


「うん、美味しいです」

「私も香子お祖母ちゃんのコレ大好きなんだ、でも湯剥きが面倒だから家で作る時はプチトマトで作るの」

「へー、私も今度作ってみよう」

「じゃあ後でレシピ教えるね」


 ポンポンおしゃべりを交わす唯と七海を、香子はニコニコと眺めながらお茶を飲んでいる。

 こうして冬とは言え温かい日差しの中、住宅街の中にいるとは思えない長閑のどかな時間を三人は過ごした。




 七海はてっきり、これで『農業体験はなよめしゅぎょう』終了だと思っていたのだが、本番はむしろこの後だった。オヤツを食べ終わった頃合いに、香子がパンと手を叩いて「じゃあ、始めようか」と立ち上がった。


 農作業ルックを脱いで、縁側から和室に上がった唯に倣って、七海はテーブルの傍の座布団に座った。

 目の前にある白い壁だと思っていたのは実はロールカーテンで、香子がシュッと引くと巻き上がって大きな壁掛けテレビが現れた。

 そこにはこう映しだされている。




 『株式投資とは』




 その横にリモコンを持った香子が、ピシッと居住まいを正してこちらに向き直った。

 隣で座る唯も姿勢を正したので、七海も慌てて背中を伸ばす。

 準備が出来た二人を眺め、香子はニコリと微笑んで腕を組んだ。


「じゃあ、今日は『株』について話すわね。……唯、株って何だと思う?」


 指名を受けた唯は、少し緊張した真面目な面持ちで口を開いた。


「ええと……会社がお金を集める為に発行する手形、じゃないかな?」

「うん、そうね。それを売りたい人と買いたい人が集まる場所が『株式市場』。売りたい人と買いたい人はどう考えてその場に臨んでいるかしら?……七海?」

「え!」


 突然あてられて七海はビクリとする。すっかり傍観者として状況を眺めているだけだったので、自分が矢面に立つ心の準備など全くできていなかった。香子と言えば畑仕事の最中と同じような柔らかい表情で七海を見守っている。七海は心を落ち着けて、胸に手を当てて思案した。


「えーと、えーと……うーん……」


 七海はウンウン唸って、何とか回答を絞り出した。


「あ、そうだ!株を売りたい人は出来るだけ高く売りたいって思っています。あと買いたい人は逆で、出来るだけ安く買いたいって思っていると思います……って当たり前過ぎですかね?」

「七海、スゴイ」


 唯が感心するように言った。

 二人を当分に眺めて、香子は柔らかく肯定した。


「七海は勘がいいわね。その通り、それが正解よ。そういう事を難しくしか言えないようじゃ駄目なの。六歳の子供にでも分かるように説明できて、初めて『理解した』って言えるのよ」


 七海の胸は、ドキリと高鳴った。

 目立たない七海は授業で褒められるなんて言う経験は無かった。むず痒い様な嬉しさが込み上げる。


「じゃあ、基本から説明するわね『投資の三原則』って言うのがあって―――」


 リモコンを操作して、画面が切り替わる。

 三原則が示されて、見やすい説明図が次々と示された。


 その日一時間ほど、香子から株についての講義を受けて花嫁修業は終わったのだった。それは初心者の七海にも分かり易く、そして時々面白エピソードを交えて語られる香子の話はついつい夢中になってしまうほど面白かったのだった……!






 二人で並んで帰る帰り道、唯が七海に笑い掛けた。


「香子お祖母ちゃんの『花嫁修業』、結構面白いでしょ?」

「うん、面白い!いつもオヤツの後の講義はお金のお話になるの?」

「そうだね、お金に関する事が多いかな?でも畑仕事のコツとか、食べ物が店頭に出る流れを教えてくれる事もあるし、本田家の周りの土地の古地図を見せてくれて昔の水路の位置とか何故この道が蛇行しているのだとか教えてくれることもあるよ。それからご近所さんの祖先の逸話とか……」

「わー、面白そう!『花嫁修業』のイメージが完全に覆ったよ!それに『株講義』スッゴく役に立ちそう、私黛君の株まるまる任されてどうしようかと思っていた所だったの」

「良かった、誘って。たぶん七海も面白がってくれるかもって思ってたんだけど、実際楽しんでくれるか、ちょっと不安だったんだ。じゃあさ……また時々一緒に参加してみない?」

「……する!参加したい!」




 こうして唯の花嫁修業に、七海も偶に参加する事になったのだった。

離れとそこに住むお祖母さんの設定を今回少し披露できました。

出来たら本田の出番もあるような短いお話をもう一つ考えて追加したいと思っています。まだプロットナシなので、一旦完結設定とさせていただきます。


お読みいただき、有難うございました。

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