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唯ちゃんと、赤毛の男

唯の友達、七海視点のお話です。


「赤毛のイケメンが!壁ドンして言ったのよ……!『お前は俺の体が目当てだったんだな!』……って」


 高校最後の文化祭。

 空が晴れ渡って気温もちょうど良い学祭日和に、加藤さんが大慌てで捲し立てた。


 私達のクラスの出し物は『忍者カフェ』。去年の『メイド&執事喫茶』と衣装だけ変えた安直な企画である。女子はミニスカ風の着物にスパッツを穿き、男子は人力車のお兄ちゃんのような恰好をしている。忍者ですら無いような……。


 実行委員になってしまった私はクラスの出し物に基本参加していない。委員の仕事の手が空いたので、休憩がてらクラスの様子を見に来た所だった。裏方を手伝おうと暗幕の裏に入った時、血相を変えた加藤さんが飛び込んできたのだ。


「『勇者』鹿島が、とうとう『悪女』になったわ……!」


 加藤さんの大袈裟な盛り上げ方にはもう、皆慣れっこである。湯川さんが冷たい目で加藤さんを見た。加藤さんと仲の良い上田さんが、とりあえず水を向けた。


「何があったの?」

「実はね……」




 加藤さんが声をひそめて語った内容はこうである。


 給仕をしていた唯を赤く髪を染めたチャラいイケメンが呼び出した。一言二言話して、その男は唯の手を引いて廊下に連れて行ってしまったらしい。

 野次馬気質の加藤さんは湯川さんが止めるのも聞かず後を追った。

 するとひと気が途切れた廊下の突き当りで立ち止まり、二人は何やら話し始めたそうだ。

 唯は落ち着いた様子だったが、その髪の赤いチャラ男は段々と苛々し始め、ついに壁にドンッと腕を付いて唯に向かって言い放ったそうだ。


 『お前は俺の体が目当てだったんだな!』……と。


 そして唯を残して走り去ったらしい。




「えっと……で、唯は?」

「うん、その後すぐ何処かに電話してた」


 で、加藤さんは慌ててホットな話題を持って走って来たのか。

 何と言うか……。


「何か誤解があるんじゃない?鹿島さんに聞けばすぐ解けると思うけど」


 冷静な湯川さんが言った。さすが長い付き合いだけあって、わかってらっしゃる。


 私もそう思う。だからウンウン、と大きく頷いた。


 すると加藤さんが口を尖らせて言った。


「だってそれじゃあ、面白くないでしょ?鹿島さんに聞いたらきっと普通に弁解すると思うから―――こんなドラマチックな出来事、できるだけ楽しみたいじゃない!」


 どうやら加藤さんも唯の性格は分かっているらしい。一年も一緒にいれば、そうだよね。

 ちょっと見、痴話喧嘩に見えたらしいが、唯が浮気するような性格では無い事は知っているので事件性が無いのは百も承知のようだ。


「じゃあ、なんだったんだろうね。意味深な台詞だよね」

「そうなの!昼ドラみたいでしょ?」


 上田さんと加藤さんが盛り上がっている。


 まあ、害は無いようだからいっか……。


 湯川さんと目を見交わして、苦笑しあった。







 実行委員の席に戻ると、椅子にだらしなく腰掛けた黛君が眠たそうに顔を上げた。

 黛君も実行委員なのだ。順番に事務局の留守番と見回りをする事になっていて、私達はちょうど留守番の担当が同じ時間になったのだ。


 実行委員長の陰謀を感じる。


 委員長はサッカー部のキャプテンなのだ。理屈っぽい黛君を私に押し付けて、面倒事を減らすつもりなのだろう。下手に女の子と組ませると相手の女の子が黛君に夢中になって使い物にならなくなる恐れがあるし、男子だと黛君の不遜な物言いで相手を怒らせる可能性があるからだ。長く付き合えばいい奴だと分かるけど、親しくならないウチは中々……黛君の態度や話し方を平静な気持ちで受け止めるのは難しいかもしれない。


 あ、でも親しくなっても苛々する事は多いけどね。


「なんかクレームとか来た?」

「……んー?いや、誰も来ないから寝てた」


 隣に腰掛け、手持無沙汰なので手元の配置図やパンフレットをトントンと揃えてみる。

 黛君は眠たそうにテーブルに肘を付いて手に顎をのせている。


「そう言えば、さっきクラスの子が言ってたんだけど……」


 加藤さんが言っていた事、聞いてみようか。黛君なら何か知っているかもしれないし。


「赤い髪の男の子って知合いにいる?唯に会いに来たみたいなんだけど……」

「赤い髪の……?」


 黛君は訝し気に眉を顰めた。どうやら記憶には引っ掛からないらしい。

 まあ、後で唯に聞けばいっか……と作業を再開すると、目の前に影が落ちた。




 見上げるとそこには、今し方話題に出した赤い髪の男の子が……いた。




 確かにチャラい。


 サングラスに長めに掛かる髪は不自然に赤い。人工的に染めた物である事は見てすぐにわかる。耳には輪っかが付いている……あ、ピアスか。それから細身のあちこち敗れた黒いパンツにTシャツ、なぐり書きで文字が書かれたデニムのジャケットを着ている。腕にはジャラジャラ革紐やカラフルな ビーズで彩られたブレスレットを捲いていた。


「龍ちゃん……」


 気弱く発せられた言葉は親し気で、黛君をサングラスの奥の瞳からジッと見ているのが分かった。


 黛君は顔を上げてゆっくりと腕を下ろし、訝し気に彼を見返した。


「……あらた?」

「龍ちゃん!」


 赤い髪の男の子は嬉しそうに頷いた。


 あらた?『あらた』って……え!


「新君?本田君の弟の?」


 何度か本田君の家で一緒にゲームをした事がある。

 しかし私の記憶の中で、小学生のその子はフクフクとふくよかな体形の安心感のある男の子のままだった。


「えっと……あ、七海……ちゃん?お餅の」

「うん、覚えててくれて有難う」


 お土産の大福とセットで覚えててくれた。


「お前挨拶する時はサングラス外せ、失礼だろ」


 黛君が珍しく真面まともな事を言って、立ち上がり緩い抵抗を示す新君からゴツイサングラスを取り去った。


「あっ」


 なるほど。


「泣いてんじゃねーか、どうした?」


 新君の目が真っ赤だった。


 酷くアンバランスだ。チャラい格好の男の子が目を朱くして眉を下げている。

 そう言えば彼は中学生になった筈だ。暫く顔を見ないうちに本田家の遺伝子がバッチリ発揮されて、まだ背は中背だけれどもすっかり痩せてイケメンに変身していた。よくよく見ると本田君や信さんの面影がある。格好が人気ダンスグループのX-Soul-Brothersみたいで、あまりに二人と格差がありすぎるけど。


 つーか、真剣マジにチャラい。


「龍ちゃん……俺、唯に嫌われちゃったかも……」

「何で」

「……唯にヒドイ事言ったから……」


 ああ、あれ?

 咄嗟に口を挟んでしまった。


「……『体目当て』とか?」


 ビクリ、と新君が体を震わせた。


「うん……なんで?」


 シュンと雨に濡れた子犬みたいにウルウルした目で、私に問いかける視線を向けた。


「クラスメイトの子が見たんだって」


 さすがに『悪女』呼ばわりされた事は呑み込んだ。

 この落ち込み振りを見て、これ以上地面にめり込ませるような台詞を言うのは憚られた。それに誰も本気で唯が『悪女』だなんて思っていないし。


「何でそんな事言ったんだ」


 黛君が呆れた声を出した。


「だって……」


 ショボンと肩を落とす、新君。


「謝ったのか?」


 フルフルと振る。


「じゃあさ、唯の休み時間に会いに行こうよ。んで、謝っちゃえば」

「でも……」

「謝れ」


 黛君がビシッと言い切ると、新君はやっとコクリと頷いた。




 つまりはこういう事らしい。


 受験勉強で唯に暫く会えなかった新君は、受験が終わって希望していたインターナショナルスクールにも無事入学できて、最近やっと唯と会う機会に恵まれた。すると唯が何だか前と様子が違う。

 いつもはつついたり、体をポンポン叩いてくれたのに、全然触ってくれなくなった。唯の態度の変化が寂しくて、嫌われたのじゃないかと不安になってずっと新君は悩んでいた。だけどお兄ちゃんの本田君の前や、皆が楽しく話している前でウジウジ尋ねるのも恥ずかしくて聞けずにいた。

 文化祭にのぶさんが来れなくなって一人で唯のもとを訪れた時、つい衝動的に唯を引っ張って聞いてしまった。




『何で最近俺を避けるの……?』

『え……?避けてないよ』

『全然触ってくれなくなった。前はよくつついたり、ポンポン触ったりしてくれたのに……』

『えっ……?あ!あぁ……そうだね、前は新ってフクフクしてたけど―――今は痩せちゃったでしょう?だから……』

『……お前は俺の体が目当てだったんだな……!』

『あ、新……?』

『唯のバーカ!嫌いだっ』




 うーん……何と言って良いか……。


 確かに唯はフクフクした新君の体をつつくのを趣味にしていた所はある。

 だからって、何と言う捨て台詞だろう。

 見た目はすっかり育ったのに、中身がお子ちゃまだなぁ……。もう少し経ったら冗談でも口に出せないだろうなぁ。


 唯にヒドイ事を言って逃げて来たから、本田君の所には行けなかったそう。

 怒られるのが怖いから。メッセージアプリで黛君が『実行委員タリィ、ねむい』って入れていたのを思い出して、ここまでやって来たらしい。







 休み時間を見計らって、唯に連絡を入れ事務局の受付まで出向いて貰った。休みを合わせて一緒に回ろうとしていた本田君も当然付いて来る。

 背の高い本田君の影が見えただけで新君がビクリと体を揺らした。


「新、ゴメンね。私も言い方悪かったよ―――もう新も中学生になって大人っぽくなったでしょ?だからもうベタベタ子供扱いしちゃ駄目だなって思ったんだよ」

「俺の事―――嫌いになったんじゃないの?ほら髪の毛も染めちゃったし、ピアスとか開けたから……遊んでるみたいに見えて」


 唯がショボンと肩を落とす赤い髪のチャラ男(にしか見えない中学生)に歩み寄り、両手を取った。


「新の事嫌いになる訳ないじゃん、見た目がちょっと変わったって―――新は新だよ」

「唯……俺も『嫌い』とか嘘だから……」

「うん」

「『バカ』とか言ってゴメンね」

「本気じゃないの、知ってるよ」


 ゴチン。


「ったぁー」


 本田君の拳骨が振り落とされた。


 意外。本田君ってゲンコで制裁を加えるタイプだったんだ。

 体育会系~~!


 新君が必要以上にビクビクしていた訳が分かった。


「そんな事言ったのか」

「ゴメンなさい……」


 もっと怒るべき台詞があるんだけど―――それを伝えてしまった時、新君が本田君にどんな目に合わされるか考えると……ブルル……沈黙は金だわ。唯は全く気にしていないようなので、黙って置くに越したことは無い。







「あのね、あの赤い髪の男の子……本田君の弟だった」


 加藤さんにボソリと呟くと、彼女は「えー!あの太っちょのっ……!」と去年を思い出して絶叫した。そしてすぐに唯の元に走り寄って言ったのだった。


「年下でもいい!鹿島さん、本田君の弟紹介して……!」


 どうやら新君は加藤さんのドストライクだったらしい。

 年、離れ過ぎだと思うけど……。


 加藤さんは私と一緒で『面食い』だった。

 去年唯を羨ましがったのは、そう言う訳なのね……。


 優しい唯は「いいよー」と言って後ほど新に聞いてくれたようだが、既に金髪碧眼の彼女がいるらしいとの事。あ、インターナショナルスクールだっけ……。




 兄弟で唯の取り合いになるのでは……と実は密かに心配していた私は、ホッと胸を撫で下ろしたのだった。



弟、新君の成長後のエピソードです。

新と唯は仲良し。既に意識は姉弟です。


とりあえず今頭にある本田と唯の高校のエピソードは全部出しきりました。

次は七海と黛君のその後のお話を書く予定です。上手く書けると良いのですが……。


お読みいただき、有難うございました。

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