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ポンちゃんと、唯ちゃん

唯の友達、七海視点のお話です。

 今日は本田君を待つ日だった筈だ。

 一緒に図書室に行こうと声を掛けると、唯は珍しく浮かない表情でこう言った。


「今日はもう帰ろうかな」

「どうしたの?何だか元気ないね」

「うーん、ちょっと考え事があって」


 いつもマイペースで飄々としている唯のそんな様子は初めてだったので、私は何だかすごく気になってしまった。


「あのさ……今日、泊まりに行っていい?」


 今すぐ唯の気持ちを聞き出すのは無理だろう。うちは大家族なので話をするには外野が五月蠅うるさすぎる。唯はお母さんと二人暮らしなので、いつもゆっくり話す事ができた。

 とにかく意気消沈した様子の唯を放ってはおけなかった。話を聞けなくても今日は傍にいてあげたい、と思ったのだ。


 唯が頷いてニコリと笑ったから、私はホッと胸を撫で下ろした。




 一度家に帰って泊まりの準備をする。明日は土曜日だから着替えとお小遣い、それから歯ブラシがあれば十分だ。そうだ、お土産に大福も買って行こう。


 インターフォンを押してマンションの共用玄関を開けて貰う。唯の家は閑静な住宅街にあるマンションの中層階だった。もう少し小高い場所にある太い道路の向こう側には高級住宅街が広がっていて、本田君の豪邸に見えない豪邸や、黛君の高級低層マンションがある。よくわからないけど高層マンションより低層マンションの方がお高いらしい。単に土地代がお高いと言う事だろうか?今度黛君に詳しく聞いてみようか……また小馬鹿にされそうだけど。


「いらっしゃい」


 ショートパンツとフード付きのふわふわした部屋着に着替えた唯は、女の私から見ても大変美味しそうに見える。こんな格好男どもには目の毒だな、なんて下らない事を考えながら彼女の落ち着いた雰囲気に安堵する。

 いつも明るい子が気落ちしているのを見るのは、心臓にあまりよろしくないものだ。


「おじゃましまーす」


 と勝手知ったる人の家を闊歩する。しかし居間に踏み込んだ時、体の大きなゴツイおじさんがソファを占領しているのを目の当たりにして思わず固まってしまった。


「七海は初めてだよね?うちのパパだよ。暫くお休みで家にいるんだ」

「え……パ……お父さん?、は初めまして……江島えしま七海です」

「いらっしゃい」


 ニコリとゴツイおじさんが微笑んだ。

 うん、唯は母親似なんだな。

 よおっく見ると耳の形が似てるかな?あ、あと歯並びが良いとこも。キラーンってよく日に焼けた笑顔の中で歯が光って見える。丈夫そうだ~。


 荷物を唯の部屋に置いた後、すぐに夕食をいただいた。

 唯のお母さんのご飯はスッゴく美味しい。料理が趣味なんだそうだ。でもお菓子は作れないらしい。


 その日は大量の餃子だった。ホットプレートの蓋を開けた時、ずらりと並んだ餃子軍団に怯んだが、そのほとんどは唯パパのお腹の中に納まった。唯パパは自衛隊に勤めているんだって。力こぶを見せてくれたので、私は手を叩いて賛美を送った。しかし唯とお母さんはシラッとした表情で流していた。……きっと定番ネタなんだね。私の賛美を素直に喜ぶ唯パパを見て、少し気の毒に思った。


 その後お風呂を借りて歯磨きをして、私達は早々に部屋に引っ込んだ。

 少し寂しそうな視線を投げ掛けて来る唯パパを尻目に。


 部屋に入るとそれまで楽しそうに綻んでいた唯の顔が、ヘニャリと心細そうに歪んだ。


「七海が来てくれて助かった~。パパと会える日ってあんまり無いから心配掛けたく無いんだよね、うっかり気落ちしてるとこ見せたく無かったから」


 適当にあしらっているようで、唯なりにパパさんを気遣っていたようだ。変なお土産ばかり買って来るけど良いお父さんなんだそう。そう言えば部屋の棚に一つだけ他とテイストの明らかに違う不思議な空間がある。パパさんのお土産コーナーだそうだ……飾るの相当勇気いっただろうなって物もある。そんな処に愛を感じた。


 ペットボトルのミネラルウォーターを飲みながら、ベッドに背中を預けて唯と並んだ。そして本題に入る。


「今日はどうしたの?まさか本田君と喧嘩でもした?」

「……ううん」


 唯は否定したけど溜息がそれを否定している。


「あ、言いたく無かったら無理して言わなくていいんだよ?ただ他人に話した方が気が楽になるかもと思っただけで」


 私の台詞に唯は頷き、口を開き始めた。

 どうやら進路に関する事らしい。そう言えば唯は言っていた。大学も就職先も本田君と一緒の所を受ける予定だと。本田君に全部一任、なんて言い切れる唯はいっそ潔いなーと感心したものだ。


「ポンちゃんが……パイロットになりたいって言うの」

「パイロット?うっわ……超似合う!」


 面食いの私は想像して思わず鼻血が出そうになった。体格の良い長身の美丈夫イケメンが航空会社の制服を着て、帽子のつばに指を掛けている処を。

 ビシッと決まっちゃうんだろうな~それこそ周りの女の子達の目を釘付けにして職場全体の作業効率が下がる事、間違いなし。いや、現場の士気は逆に上がるだろうか……?


「それは今以上にモテちゃいそうだねー。もしかしてそれが心配なの?」


 唯は首を振った。

 まあ、本田君がモテるのは初期設定デフォルトだもんね。今更か。


「大学を卒業したら航空大学に行きたいって言うから」

「航空大?パイロットの学校って事?」

「そう」

「すごいじゃん、でも難しそう」

「うん、ポンちゃんも言ってた。難関だから受かる確率が低いって。……でもポンちゃん努力家だから受かるような気がする」


 普通の彼女だったら喜ぶ所だと思うんだけど。

 唯は普通じゃないからな~。何が気にかかってるんだろう?


「それで何が引っ掛かってるの?唯としては」

「一緒に受けるって言ったら断られた……」

「え?航空大学を?」


 コクリと頷く唯。うーん、確かにイメージじゃないけど……受けるくらい良いのでは?と思ってしまう。


「本田君は何で駄目だって言うの?女の子だから?」

「違う。女の子も受けれるんだって。そうじゃなくて―――身長が足りないの。158センチ以上無いと受験資格が無いんだって。これから伸びるかもって言ったら『唯ちゃんには無理だよ』って笑われて」


 うん、無理だな。

 唯の成長は高一の時には既に止まっていた。伸びる見込みは無いだろうなー。それにあんまり唯は運動神経が良い方では無い。運転ってそういうの関係しそうな気がするし。


「学校もね、二年間九州の宮崎と北海道、それから仙台を数ヵ月ごと渡り歩くんだって。あんまり楽しそうに話すから―――私……私だけポンちゃんとずっと一緒にいたいって考えてたんだって分かってすごく寂しくなっちゃったんだ」

「あー、そっかぁ……」


 唯は本田君とずっと一緒だと思っていたのに、当然のように離れる事に決めている本田君が、楽しそうに別れた後の未来の話をするので、取り残されたように感じてしまったのかもしれない。


「それを想像したら、途端に悲しくなっちゃって。学校も一緒に行けないし、仕事場も離れてずっと会えないままになるのに―――ポンちゃんがすごく楽しそうにしているから、悲しくなっちゃった。確かに進路は自分で決めるものだよね、ポンちゃんにくっ付いて行こうって思っていた自分が何だかスッゴく子供っぽく思えて来て―――いろいろ考えちゃうんだよね。大学もポンちゃんと同じところ受けるつもりだけど、本当にそれで良いのかなぁって」


 憂いを帯びた表情の訳に合点が行った。




 コンコン。




 そこにノックの音が響いた。

 ドアを開けて、少し顔を覗かせた唯ママが、戸惑ったように言った。


「唯……ポンちゃんが唯に会いたいって、来てるんだけど」


 もうすぐ夜の九時になる。

 真面目な本田君がこんな遅くに訪ねて来るとは―――やはり彼も唯の異変に気が付いているのかもしれない、と考えた。




 ちょうど良い事に私がいたので、立ち合いのもと本田君は唯の部屋に入る事を許された。

 小さい頃から出入りしているから今更なのだろうけど―――高三という微妙な年頃の男女を二人きりには出来ないかもしれない。だって法律的には来年結婚しようと思えばできるような年齢だし。


 二人の間のいつもと違う空気に、唯パパも唯ママも何かを察したようだ。

 頼りない身だけれども「お任せ下さい」と私が頷くと、パパさんもママさんも少し肩の力を抜いたようだ。一応『十時まで』という時間制限を設けての対面する事になった。


 ベッドの前に私と唯、向かい合わせに本田君が座っている。

 本田君は何故か正座だ。やっぱ真面目ですな。


「唯ちゃん俺―――パイロットは諦めるよ」

「え……」


 唐突に本田君は話しだした。


「え?何で?―――ポンちゃんはパイロットになりたいんでしょう?」

「うん。だけど唯ちゃん、その話してから元気無いよね。今日も具合が悪い訳でも無いのに先に帰るって言うし……唯ちゃんが嫌がるんなら、そこまでして行く事も無いかなって。だってそもそも倍率が高くて合格するかどうかわからないし、入ったからって必ずパイロットに慣れる保障も無いしさ」

「ポンちゃんっ……」


 唯は泣き出してしまった。


「ごめん、ごめんね。違うの、私ちょっと色々覚悟が決められなくて―――」

「ゆ、唯……」

「唯ちゃん」


 私も本田君も激しく動揺していた。

 出会ってから始めて、唯が泣く所を目にしたのだ。


「ポンちゃんの部屋に一杯飛行機の模型あるの知ってるよ。カレンダーも毎年航空会社の使ってるよね」


 本田君……飛行機オタだったのかー。


 思わぬ所で、学校で王子と呼ばれる男の趣味を知ってしまった。


「ポンちゃん頑張って。私応援しているから」

「だけど……」

「違うの、私ずっとポンちゃんと一緒に居たかっただけなの。就職先も同じ処受けるつもりだった―――でもそんなの違うよね、自分でちゃんと進路考えなきゃって思って」

「唯ちゃん……」


 本田君は感動で少し瞳を潤ませている。


 おお、大団円だな~。めでたしめでたし!


 見つめ合う二人は相変わらずラブラブである。

 犬も食わないなんとかと言う奴。

 私ここに居ていいのかしら……いや、だからこそいないとね。唯パパ&ママからお目付け役をしっかり頼まれたのだからして。






 そうして十時になったのを合図にコンコンとノックが響き、本田君は家を放りだされた。

 でも物凄い笑顔だったから、大丈夫だろう。家も近いしね。


 本田君を玄関で見送った後、部屋に帰り振り返ると唯がニッコニッコしていた。

 ついメラッとして抱き着き、私は彼女をベッドに押し倒した……!




「こおの~リア充めぇ……!」




 と言って思いっきり擽ってやった。

 それこそ唯の喉が枯れるまで。



 まあ単なるモテない女の僻みですけど。



犬も食わない揉め事未満の出来事でした。

そしてひっそり唯の父親が初登場。


お読みいただき、ありがとうございました

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