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第76話 お坊さん便

作者: 山中幸盛

 中日新聞3月9日付けの「話題の発掘・ニュースの追跡」ページに、『特報』として「寺と¥変わるカンケイ」「アマゾン『お坊さん便』波紋」との記事が載っている。

 仕事の日も休日も、朝晩欠かさずに家の仏壇の前でお経と題目を唱えている幸盛は、興味津津にそれを読んでみた。


 【お坊さん便】法事でお経を上げる僧侶を定額3万5000円で派遣するサービス。葬儀関連会社「みんれび」(東京)が2013年にホームページでサービスを開始。昨年12月8日から、インターネット通販大手アマゾンの日本法人「アマゾンジャパン」(同)が取り扱っている。全日本仏教会(同)は12月24日、斉藤明聖理事長名で「宗教行為をサービスとして商品にしている」と批判する談話を発表。今月4日には再び理事長名でアマゾンジャパンに販売中止を求める要望書を提出した。


 とあるので、早速アマゾンで「お坊さん便」を検索してみると、なるほど、基本料金が『移動なし、戒名なし』で三万五千円と案内されている。「ご自宅から霊園への移動など2箇所で行う場合は『移動あり』を選択してください」と。ちなみに『移動あり+戒名授与』の場合は六万五千円だとさ。

 中日新聞に紹介された写真ではカスタマーレビューは60件だが、幸盛が見た時点ではカスタマーレビューは121件に増えている。レビューにざっと目を通してみると大旨好評のようだから、全日本仏教会の要望にアマゾンが応じるかどうか、「みんれび」が出品を取り止めるかどうかは微妙なところだ。しかし、新聞やネットニュースなどの影響は大きい。仮に、もう少し頑張ってから引き下がるにしても、「みんれび」は笑いが止まらぬほどの宣伝効果を期待できるだろう。


 ところで、日蓮仏法を信奉する幸盛は、ちょいと寂しくなる。確かに人は死者に対する畏敬の念から、家族の誰かが亡くなると大金をはたいてでも葬儀を執り行うが、「信仰心」とは少し違うような気がする。日本軍国主義に抗して昭和19年に獄死した哲学者・牧口常三郎は「善には大善、中善、小善がある」と言っているが、信仰心にも大・中・小の差があるような気がする。あえて強弁させていただくが、普段は神棚や仏壇に手を合わせるのがやっと、墓参りや初詣に出かける程度、という方々の信仰心はまだまだ「小」の部類だ。

 それに対して、幸盛の信仰心は自信をもって「中」の部類に入ると思う。なにせ朝に晩に、法華経の方便品と寿量品の一部を読んだ後で、「南無妙法蓮華経」と一日一時間以上と決めてお題目を唱え続けているのだから、もしかしたらそこら辺のお坊さんよりも信心深いのではなかろうか。

 また、「行学の二道をはげみ候べし、行学たへなば仏法はあるべからず」との日蓮大聖人の教えにも忠実で、毎日少しずつでも仏法を勉強するように努めている。例えば、最近学んだ教えに、富木常忍という信徒に与えられた『一生成仏抄』というお手紙があるが、その一部を抜粋すると、


 衆生と云うも仏と云うも亦此くの如し迷う時は衆生と名け悟る時をば仏と名けたり、譬えば闇鏡も磨きぬれば玉と見ゆるが如し、只今も一念無明の迷心は磨かざる鏡なり是を磨かば必ず法性真如の明鏡と成るべし、深く信心を発して日夜朝暮に又懈おこたらず磨くべし何様にしてか磨くべき只南無妙法蓮華経と唱えたてまつるを是をみがくとは云うなり


 とある。幸盛はこの教えに従っているだけなのだ。そしてまた、『三世諸仏総勘文教相廃立』という論文では、「痛ましいかな悲しいかな末代の学者仏法を習学して還って仏法を滅ぼす」と、民心が仏法から離れて行く世相を嘆かれておられるのだが、これは現代にも通じることで、保身というか、既得権益で家族を養い生計を立てているお坊さん方には耳の痛い諫言ではなかろうか。

 などと大言壮語を吐く幸盛だが、所属する信徒組織では支部長と支部儀典長を兼務している。ゆえに、支部内で信仰仲間やその家族の誰かが亡くなると、お坊さんの代わりに導師としてお経を読む役割が回ってくる。もちろんお布施は一円も戴かないので完全なボランティアである。仕事があるので平日の告別式は他の儀典長にお願いするが、土曜、日曜、休日のお通夜や告別式には必ず出向くようにしている。


 友人達との会話の中で、「葬式を出したら○○万円もかかった」などという話を聞くと、幸盛は冗談混じりに言う。

「オレに任せればタダで最高のお経をあげたるで」

 と。これは半分は本気だ。近い将来、「おい、どうも、お坊さんがアリガタイんじゃなくって、釈迦が説いた法華経というお経がアリガタイみたいだな」という涅槃経の「依法不依人」の教えが口コミで弘まっていけば、幸盛の友人の何人かは自分が死んだ時のために家族に遺言するかもしれない。

「おい、俺が死んだら葬式は家族葬でやってくれ。お経は知り合いの山中幸盛という男がまだ生きていればタダで唱えてくれる約束だから。ほれ、この奴がくれた名刺に住所と携帯番号が書いてあるからな」






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