第5話
急いで一階に降りた僕たちを出迎えたのは、やさしいクリームシチューの匂いだった。
「わーっ! おいしそう!」
「どんどんたべてねー? じゃーないと、明日も明後日もクリームシチューになってしまうよー」
「ありがとうございます!」
いただきますとつぶやいて、香りが鼻を通り抜けるだけで甘く美味しいクリームシチューを、木のスプーンでそっとすくって口に運ぶ。
鶏肉がほろっと崩れて、口の中で旨みを広げる。人参は柔らかくシチューそのものとは違う甘さを主張し、じゃがいもはほくほく感を楽しませる。
木の皿に木のスプーンがぶつかる音だけがコツコツと部屋に響き渡る。それくらいおいしかった。
すぐになくなってしまったクリームシチューに、途方に暮れる。
もっと欲しいけれども、図々しいよね、と兄妹で顔を見合わせる。
僕たちの様子を見てか、セリさんは優しい一言をかけてくれた。
「育ち盛りなんだから、エンリョせずにおかわりしてもいいよー?」
「「おかわりお願いします!」」
「元気でヨロシー」
なみなみと注いでもらったのを早速食べる。
何度食べても飽きない。
「セリさんは食べないんですか?」
「ん? んー。食べても、ねぇ」
「美味しいですよ、本当に」
「宿屋として生まれたから。まーそーゆーもんでしょ。別にわたしじゃなくてもできる」
「健康に悪いですよ」
「まー別に死んでもいっかなーっていう。前の前のわたしも、何か餓死ちゃったみたいーみたいな?
前はユーシャさまに殺されたんだけどー。
何かを積み上げても死ぬし、何も積み上げなくても宿屋の役はいつでもいるから、よくね?っていうかんじー」
「……僕たちは、村を勇者に焼かれて、それからこうして旅に出たんです。登場人物たちをぶっ潰すために。
どうしてそんなに諦められるんですか」
セリさんはきょとんとした。
そして表情の乏しいその顔を笑い顔に変えて、セリさんはけらけら笑った。
「ぶっ潰す、とか考えたこともなかったなー。おもしろーい」
「わたしたち、そーいうもんでしょー? ぷちっとやってアハハ、みたいな。
そーいうもの同士でコミュニケーション作って、仲良くなって、死んだら文句ってなんかさー。
権利あるの? みたいな。エンリョしちゃうなー」
セリさんは表情を普段の無表情にかえると、静かに呟くように言った。
「別にキミたちの考えを否定したいとか、バカにしたいとかそんなんじゃなくて、ほんとにそう思うの」
そこからぱたと会話は止まって、静かにクリームシチューを食べた。
食べ終わった後、泊まらせてくれること、夕食のお礼を言った。
そこで僕がお金はないけれど、何かお礼をできる事ならやると言った時の言葉が忘れられなかった。
「ん。いーのいーの。わたし今しかないから、昔の恩とか将来のこととか、気にしないでいーのよー?」