話しのオチで意味が変わる怪談 後
私は、いつも浮かれたように話す彼の事が死ぬほど嫌いだった。
「なぁ、怪談話しようぜ」
夕暮れの教室。彼は私に話し掛けてきた。自信に溢れ、私が反応しないなど全く疑いすらしていないという顔をしている。その浮かれた表情を見ているだけで、つい私も笑みが零れそうになってしまうのだった。「……でも、また怪談なの。程々にした方が良いかもよ」
「なんで」
「知らないの?」
「何を」
「怪談は地獄を呼ぶって話し」
「はぁ? なんだそれ」
「……これは、ある人の考えだけれど、怪談話が生まれた経緯にはこんな説があるの。三途の川を橋渡る時、餓鬼などが口していた話が怪談の大本になっている、とね」
「……」
「なぜ、それが大本なのか。恐がらせようとしていたのか、何なのか、それは分からない。でも、昔から怪談話をしている所には幽霊が近づき易くなると言うでしょう。それは逆で。地獄でも餓鬼などが怪談を口にしていたからこそ、昔から知っている場所に成っていってる、という考えなのよ」
「……」
「怪談は、そこを地獄にする。とても危険なものなのよ」
私は彼が小さくツバを飲み込んだのを見逃さなかった。先ほどまでの自信のある表情が強ばり、ほんの少しだけ青白くなっているのは気のせいではないだろう。それを見て私は意地悪をし過ぎたわね、また浮かれてしまった、と心の中で反省した。「話しの腰を折ってご免なさい。それで、貴方がしたい話しって?」
「……あ、ああ」
「どんな怪談なの」
「それが怪談というか、実話というか。体験談なのか」
「へー」
「それがさ、昨日の話なんだ。時間は夜の11時を回った頃かな。爺ちゃんの家がある深い山道から帰っている時の事なんだが、偶々、ふと山の方に振り返ったら人魂みたいなのが遠くに並んでいるのを見たんだよ」
「……ねえ、それ」
「待て待て。よくある怪談みたいに、俺は携帯の光と見間違えたという訳じゃないぞ。確かに機械的な光方だったが、今度は一ヶ所に2つの人魂が浮かんでいたんだ。これが携帯なら一ヶ所だけだろ。しかも、ボンヤリだが人魂の近くを歩く坊さんの姿も見えたんだぜ」
「……」
「これが怪談じゃなくて何なんだよ」
私はフゥンと鼻を鳴らす。
「二つの人魂の距離は? 近かった? 遠かった?」
「んー、近いよ。人間で言う所の肩と頭ぐらいの距離かな」
「側にいたのは、お坊さんは間違いない?」
「ああ。袈裟を着てた」
「なら怪談話しのオチが分かったかも」
「……へー。どんな?」
「場所によるけど、剃ったお坊さんの頭に椿の油をベッタリ塗りつける風習があるの。で、山寺の山道には街灯を立てていない所も多いわ。昔は提灯を使い、少し前は懐中電灯を使い、それを忘れた場合はスマフォのアプリで帰る場合もあるわね」
「つまり?」
「人魂ではなく、携帯の光が坊さんのハゲ頭に反射しただけじゃない」
私の言葉に、彼は珍しくすんなりと頷いていた。
「……なるほど。お前に言われると、そうかもしれないと思ってしまうな」
「まあ、怪談話って難しいのよ」
「となると、また失敗か。やっと怪談話が成功したかと思ったのになぁ」
彼は私の言葉を聞くと大きなため息を吐いていた。やはり、落胆はしているだろう。表情がとても暗い。少し棘のある言葉でやり過ぎてしまったな、と私は心の中で反省した。「そんなに私を恐がらせたかったの?」
「別にそういうわけじゃないが」
「なら、どうして怪談をしたかったのよ」
「それは……あれ、なんでだろう」
「何ででしょうね」
「んー」
「分からない?」
私が問いかけ、日が暮れていくと彼はハッとした。
「あ。思い出した。君は俺だからだ」
「……」
「ああ。そういえば、そうだった。なんで、忘れていたんだろう」
「……」
「君が俺で。俺が君であるには怪談を続けるしかなかった」
「……」
「君に怪談を話す事で、他の幽霊と同じくこの世界を地獄にしたかったから」
「……」
「俺は地獄に居続けたかった」
「でも、そういう訳にはいかないわよね」
「え」
「だって、貴方は自殺しようとして失敗したんだから」
「あ……」
「ここに居たいからと駄々を捏ねても、何時かは元の所に戻らなくてはいけない。だって、貴方の命を助ける手術は成功したんだろもの」
「でも、俺はまだここに居たい」
「それは無理な相談よ。貴方も分かっているでしょ。記憶を思い出した以上は戻らなくてはいけないわ。だって、この世界は、そういうものだから」
「……ああ」
「継母といるのが辛くて、また死にたくなる?」
彼は答えなかった。
「それも良いわね。どうしても生きるのが辛くなったら、またおいで」
と、私が言う間もなく彼の姿はフッと消えていた。
夕暮れの教室、他に姿はなく、私はたった一人に戻ってしまった。終わる時は呆気ないものだ。彼にはきつく言ったが、ここに二度と戻ってこない事はもう分かっている。彼の命が助かったのは継母の咄嗟の判断があればこそであった。彼も、その意味と優しさに気がつくのは時間の問題だと思う。
一人になった私は笑う。
「だから、嫌いなのよ。三途の怪談は写し鏡、貴方がこの世界から居なくなれば聞き手である私も消えてしまう。詠み手の関係。いつか私の前から消えてしまう事が分かっていたから、彼の事が。私は、いつも浮かれたように話す彼の事が死ぬほど嫌いだったのよ」
最後に私は泣きながら大きく笑った。
一年ぶりに書きました。やはり難しいですね。