要、名前で呼ばれる
遅くなりました。
普通の日常を目指して書きました!
稚拙ですがどうぞ、よろしくお願いします (*´∀`*)
今は放課後、部活の時間だ。省エネに身を置いている俺こと日ノ紅要ではあるが、もう何回も話したとおり、俺はこれでも部活動に所属している。いい加減しつこい、と思われても仕方ないのだが言わざるを得ないだろう。確実に、間違いなく、俺の安穏たる日々は打ち砕かれていっている。
今日の第五講義室はいささか賑やかである。何故か?理由は簡単だ、教室が騒がしくなる原因といえばこれしかあるまい。まさか、突然教室のど真ん中で叫びだすようなエネルギー消費の悪い行動をするやつがいるはずもないのだから。え?突っ込むところはそこじゃない?ああ、そうか。いきなり教室で叫びだすやつは頭がおかしいんだよな。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
いたよ。頭おかしいやつ。しかも間近に。
「なにやってんだ、涼太」
「いやいや、要には見えないのかい?そこそこ!」
「は?」
「日ノ紅さん、上です、上」
ん?隣にいた夜守に指摘され、そのまま上を向く。
「南雲ってさ、意外とビビリなんだね」
と、日暮が核心をつく。
「いや無理なもんは無理なんだって」
おろおろと慌てる涼太。はぁ、全くこんなことでいちいち騒ぎ立てるな。時間の無駄であり、エネルギーの無駄だ。
「たかが蛾だろうが。何をそんなにビビってるんだ?」
「要は知ってるだろ?僕が虫嫌いなの」
あー、そうだったかな?最近はそんなイベントもなかったので気にも止めていなかったが、うむ、思い返せばそうだったかもしれない。まぁ、上でバタバタされても迷惑なだけだ。さっさと逃がしてしまおう。
教室の隅にある掃除用具箱から箒とちりとりを取り出し、机の上に登って手に持った二つで挟み撃ちにする。押さえつけたらあとは窓に向かって放してやるだけだ。
「あー、まだ鳥肌立ってるよ。気持ち悪かった。しかし、毎度思うけど、君たちはあんなのを目の前にしてよく平気でいられるね、特に一橋!」
「・・・・・・」
はい来た沈黙。あれだけ近くで涼太が騒いでいるにも関わらず、黙々と文庫本を読み進める。もはや尊敬に値するな。俺もそんな感じになれればさらに省エネな人生を送れるのかもしれないが、いかんせん俺には無理らしい。隣で騒いでる奴がいるとどうしても集中できない。意識が少しそっちに傾いてしまう。まぁ、傾くのは意識だけだが。間違ってもとなりの馬鹿に手を貸してやろうなどとは思わない。
「・・・・・・沈黙は金」
いや、今喋ったじゃん。文芸部員全員の心が一致した瞬間である。しかし、それきりまた一橋は黙り込んでしまった。片手には文庫本である。何を読んでるんだか。
「でもやっぱり虫ぐらいでビクビクしてる男って情けなくない?ねぇ、結希」
「うーん、そうかもしれませんね」
若干苦笑いしながら日暮の振りに答える夜守。きっと涼太のことを考えての事なんだろうが、実に優しい女の子だ。躊躇なく鉄槌を振り下ろす日暮とは一線を画すものがあるな。
「二人共ひどい!!」
事実だろ。今回ばかりは貸してやる肩はない。諦めたほうが省エネになるぞ、涼太よ。
「その点で言えば日ノ紅は違うわね、物怖じしなかったじゃない?」
「俺はただ単に上で飛び回られるのが嫌なだけだ。それに今駆除しといたほうが後で省エネになる」
「あんたはこんな時でも楽することしか考えてないのね・・・・・・」
何を。合理的だと言ってもらいたい。
「たかが蛾に怯えるよりましだ」
「それは言えてる」
たまらず笑い声を漏らす日暮。
「要まで・・・・・・なんだろうこの敗北感」
「まぁ、頑張れよ。人間ちゃんと敗北を味わっといたほうがいいと思うぞ?」
「テキトーなこと言わないでくれるかな?要」
至極真っ当な意見だ。すべてにおいて勝利する人生なんてつまらないもんだ、と前に読んだ本の著者が語っていたはず。人間、勝ち続けるとろくなことがないらしい。だがしかし、虫に負けるのはいただけないだろう。そこは人間として勝利しておくべき境界線ではないだろうか?・・・・・・考えると涼太の顔が浮かんできてどうしても笑ってしまうな。くくっ、虫はないだろ虫は。
と、唐突に話題が切り替わる。
「ところで、皆さん、私から提案があるんですけどいいですか?」
提案?なにか重大なことを決め忘れていたか?俺の記憶ではそんなものはないが。
「なになにー?」
「・・・・・・」
「どうせ僕は虫に負けますよ・・・・・・」
後半二名、若干負のオーラが漂ってる気がするが、ほっといて大丈夫だろう。
「それはですね、みんな相手のことは名前で呼び合うのはどうでしょうか?」
ん?つまり、苗字じゃなく名前を使えと、そういうことか?ふむ、そこにどんなメリットがあるのかわからんが。
「何か理由があるの?」
「せっかく集まった五人なんですから、どうせならもっと親密に部活をやっていきたいなぁ、と思ったんです。それに・・・・・・」
「それに?」
「日ノ紅さんの苗字は長すぎます」
・・・・・・あ、俺が問題だったのか。まあ、確かに苗字としては馴染みが薄いし、長いな。
「確かに長いね、めんどくさいかも」
めんどくさい!?人の苗字をなんだと思ってんだ。
「・・・・・・」
喋って!!ここはせめて一人ひとつは意見を言う必要があるんじゃないだろうか?
「どうせ僕は・・・・・・」
あーはいはいわかったわかった。もういい口を開くな。
「あたしは別に賛成だよ」
「・・・・・・」
どっち!?察したのか一橋も首を縦に振った。
ふむ、まぁ、こちらにデメリットはないな。俺も別にいいと思うぞ。
「なら、それでいいんじゃないか?」
「へぇ、日ノ紅が素直にオーケーするとはね」
「その言い方は心外だな。別に俺は頭ごなしに否定するわけじゃない。それなりの理由があって、深く考えた上で結論を出してるつもりだ」
「でもその考える理由が基本的に疲れるからとか、省エネとかなんでしょ?」
そうですが、何か?俺には消費の大きなことはできないのだ。
「まぁ、そういうことにはなるがな」
「なら大抵のことはそれに入っちゃうんじゃない?」
確かにそれはそうだ。完全に俺にデメリットのないことなんてそうそう無いからな。やはり否定する機会の方が多いのだろう。
「未奈さん、違いますよ」
「あ、忘れてた。そうだったね、要」
あぁ、そうか。そうだ。
「まぁ、そういうことにしとけ、未奈」
「そうです!二人共そんな感じです!!」
なんでこんなにテンション上がってるんだ、こいつは。そして、こっちのバカはいつまで机に突っ伏してるんだ?もういい加減虫から離れろよ。
俺が文芸部の部室を後にしたのは、もう六時を過ぎた頃だった。俺以外の部員は先に帰っていて、一人窓際に座り古本屋で購入した安い文庫本を読みふけっていたのだが、なかなかキリのいいところまで終わらず結局こんな時間になってしまったわけだ。玄関に向かいながら、今日話していたことについて振り返ってみた。
他人を名前で呼ぶ、これは極めて俺にとって珍しいことだろう。深すぎず、浅すぎないところを好む俺は他人と必要以上に絡むことをしてこなかった。中学からずっとだ。個人的な解釈として、他人を名前で呼ぶというのはそれなりに親密な関係を築いてる者同士でするこだと考えている。その捉えでいけば、話し合いに賛成票を投じた今日の俺はいつものポリシーから少し外れていると思う。だが、不思議と悪い気はしていない。違和感があることにはあるのだが、それを悪いものと考えるか、良いものと考えるかで天秤にかけるとしたら後者ではあるだろう。ならば、今日の俺は少し変わっていただろうか?答えはノーだ。一日を振り返ってみてもいつもの日常から外れることはした記憶がない。いつも通りに授業で睡眠を取り、昼飯を食べ、放課後は部室で安穏たる時間を過ごす。中学と同じサイクルを繰り返しているはずなのに、中学では絶対にありえない行動をとっている。どこに違いがあるのか?しかし、まだ結論は出ないだろう。そんなに急ぐ必要もない、時間は余る程にあるのだ。それこそ、どう使っていいかわからなくなるほど。ゆっくり考えればいい。
そういえば、例外が一人いるな。小学の頃から俺はあいつのことをずっと名前で呼んでいる。さて、なぜだろう?どうにもあいつだけは苗字で呼ぶ気が起こらないんだよな。
「翔一郎、未奈、涼太、結希」
一人一人、確かめるように呟いた。ふむ、やはり悪い感じはしない。たまにはちょっと自分から変えていくのもいいだろう。え?名前で呼ぶだけなら対して変わってない?いやいや、十分だろう。俺のポリシーを忘れたのか?省エネだよ、省エネ。一度に大きなことをするのはエネルギーの使いすぎだ。俺にできることなんてせいぜい、これくらいだ。
夕暮れを歩く。あくまでペースはゆっくりのままだ。
はい。
いかがだったでしょうか?
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では。