要、遭遇する
なかなか大変です。
稚拙な文章ではありますがぜひよろしくお願いします!!
どうしてこうなった?
・・・・・・大事なことなのでもう一回。
どうしてこうなった?
窓の外を眺めると、窓枠いっぱいに映っている桜の木がある。そろそろだろうか。花の蕾が今か今かと自らが咲き誇るタイミングをはかっている。ぼろぼろになっている木枠から満開のピンク色が見られる日も近いだろう。こんな季節の一端を垣間見てしまったのでは、嫌でも春の訪れ、というものを感じさせられてしまう。俺の心はなんとはなしに憂鬱だった。左をちょっと向くだけで、自らをこれでもかと主張するような、華々しい色合いを見せつけられるのだから、俺にとってはたまったものではない。すぐ隣にそんな輝かしいものがあるということその事実が、どうにも俺には耐えがたいのだった。
何故かって?そんなものは決まっている。
無色な俺と、比べられている気がするからだ。
俺は、どこまでも無色な人間だと、勝手ながらそう思っている。そう、無色ゆえに俺は何色でも染まってしまう。熱血を象徴するような赤にも、冷徹を感じさせる青にも、はたまたポップで楽しげな雰囲気を出す黄色やオレンジといった色にも。今の色は俺の個人的な感覚であり絶対ではない。大抵の人々がこう考えるんじゃないだろうか、というのを俺なりに弾き出した結論である。だから、言ってしまえば、何色でもいい。何といっても、俺は無色なのだから。俺の隣に色があれば、それはいずれ俺を侵食し、その色そのものになるだろう。また別の色が来れば、俺は一つの例外もなく、さらに言えば違和感なく溶け込んでいるだろう。
中学三年間を過ごしてきた俺が率直に抱いた感想は、それだった。
なんとも面白みのない話だ、と罵るやつがいるかもしれない。つまらない生き方だと非難するやつがいるかもしれない。だが、俺は一向に構わない。なぜなら、俺はこのスタイル好んでいるし、もっと言えば、俺のアイデンティティだとさえ思っているからだ。
まあ、つまり、あれだ。今の話を一言でまとめると、
「黒ではなく白でもない、熱血ではあらず冷徹でもない、努力家な訳ではなく堕落家な訳でもない。俺は、中庸だ」
さて、話を戻そう。俺の与太話など世界から見れば本当にどうでもいい些事だ。
端的に現状を話そう。俺は無駄な話は嫌いだ。
俺は今、自分の机に座っている。窓際最後列、これ以上ない最高の席。そして、机の上には、一枚の紙。俺の無色(中庸といってもいい。)の日常を脅かす、最強の敵が堂々とそこに鎮座している。すなわち、
「入部届け」だ。
ここ、公立竜山高校では部活動を奨励している。要するに、生徒は必ず部活動に入らなければならないのだ。入学してから二週間の間で体験入部等をし、入る部活を決める。まったく、いらない校則を作ってくれたものだ。俺のような人間がいるということは眼中に無いらしい。しかし、いくら駄々をこねても規則は規則、中庸を貫くときには、守らなければいけない時もある。かくして、最強の敵とにらめっこを続けていた俺だったのだが、それは唐突に破られることになるのだった。
いつもながら気の抜けた、終業を知らせるベルが鳴った。帰りのホームルームも終わりである。さあ、帰ろうと、いそいそとショルダーバッグに教科書その他を詰め込む俺。不意に、肩を叩かれ、声を掛けられた。まあ、その主が誰なのかはだいたい予想がつく。
「要ー。一緒に帰ろうぜー」
この台詞を一体何回聞いたことだろうか。もはや、数える気どころか、そんなことを考える気もない。そうして俺も何回呟いたかわからない言葉でそれに応える。
「お前は俺と一緒じゃないと帰れんのか、涼太」
「無理無理。っていうか要、いつもより不機嫌じゃね?」
そんなことはない。俺は心のうちで否定する。無駄に会話を広げることになるからだ。
南雲涼太。俺の一番の親友であり、その付き合いはかなり長い。小学校からクラスは同じにならなかったときは無く、まして進学した高校まで一緒である。このままいくと、就職先まで同じになりそうな勢いだ。
「ま、いいや。あ、そうそうそんなことよりさあ、」
ん?いつになくまじめな顔をした気がした。一瞬だが。
「今日ゲーセン行かねえ?」
却下。俺はさっと踵を返し、教室を出ようと机から離れた。言い忘れていたが、こいつはかなりのお調子者だ。一瞬でもこいつがまじめな顔をしたと感心してしまった俺がバカらしい。
「わっ、ちょ、ストップストップ!待ってって」
言いかけた涼太の動きが止まった。不自然に思い、俺も振り返る。床に一枚のプリントが落ちていた。おそらく、机の中に入れっぱなしだったのだろう。軽く角が折れ曲がっている。涼太はそれを拾い上げ、そして、
「要!おまえこれ」
驚愕に目を見開いた。何事だ。
「決めて無かったのかよ。今日までだぞ?」
ピラリと裏返されたそれは、プリント上部に黒の太字で大きく印字されていた。
「入部届け・・・・・・」
俺の背中を気持ちの悪い汗が伝ったのを感じた。
まったく考えていなかった。まずい、これは非常にまずい。あまりに俺にとって興味の無いことだったので完全に失念していた。部活動など俺にとってはただのエネルギーの無駄遣いにしか思えないからだ。ホームルームの際に、担任とかなり目が合うなと気づいてはいたのだが、スルーしてしまった。うちの担任は提出物にかなり厳しい。期日を守らなかった者には罰が待っている。具体的にどんなものかは知らないが、過去に先生が担任を持ったクラスではただの一人も期日破りがいなかったらしい。そう考えると、このケースは非常にまずい。ただでさえ、罰を受けるなどエネルギーの無駄遣いにしかならないのに、ことこれに関してそんな身の毛もよだつ話を思い出してしまっては、どんな能天気でもあせる。
しかし、だ。先ほども言ったように、完全に失念していた。そもそも、この学校にどんな部活があるのかも俺は知らないのだ。体験などしているはずもなし、誰かに聞くのが一番効果的なのだが、涼太はさっき血相を変えて出て行ってしまった。薄情な奴め!
そういえば、涼太はバスケ部に入ったはずだ。あいつの運動神経なら余裕でやっていけるのだろう。俺も、あいつにつられて入ってみようか。いや、あり得ない。あんなエネルギー消費の大きい生き方は俺にはどう頑張っても無理だ。もう、何て言うか、世界が違う気がする。
ううむ、これは本格的にまずい。確か、提出期限は四時までだったはず。もうあと十五分しか残っていない。地獄の罰を受けるなど、死んでも御免だ。俺は頭を抱える。どうする。
このときからだ。もう俺にとっての非日常はは始まっていた。この使い方が適切かどうかはわからないが、まあ、あれだ。小説の書き出し風にいけば、
ここで俺は、運命の出会いをする。
いきなり開け放たれた教室のドアには、一人の少女が立っていた。残念ながら、俺の知り合いではない。教室の窓は開けていたので、風が通り抜け、その少女の髪を揺らす。その少女を端的に表すなら、こうだ。
清楚。
この一言に尽きるだろう。背中まである長い黒髪に、ゆったりとした雰囲気を漂わせている。背は平均だろうか。教室には俺一人しか残っていないので、彼女が入ってきたときの俺の心情は筆舌に尽くし難い。なんとも言えないその雰囲気に圧倒されて、俺はただ茫然とその姿を見つめていることしかできなかった。一歩、二歩、三歩、四歩、五歩と俺に近づいてくる。どうやら俺に用があるらしい。そして、彼女は一言、
「部活動、何に入るのか決めましたか?」
・・・・・・待て。どうして俺が部活動について悩んでいるのを知っている?まさか、
「おまえ、まさか山本先生からの使いか!」
お察しの通り、山本先生というのは、俺らのクラスの担任である。ついに天命が下されるのかと、俺は速効懺悔モードに入る。が、
「え、と。使い?何のことですか?」
む?となると、こいつは関係ない?
「わたしは、自分の意思でここに来ましたが・・・・・・」
猛省。だいぶ、焦りが出ていたようだ。
「えーと、それで俺に何か用だっけ?」
「はい。日ノ紅さんは部活動、何に入ろうか迷っているんですよね?」
俺の頭に浮かぶのは疑問のみ。
「なんでそんなこと知ってるんだ?」
俺の全く知り得ない女子がなぜ現状の俺の状態を知っている?必死に思考してみるが、全く思いつかない。山本先生の使いじゃないとしたら、一体なぜ・・・・・・
「先ほど、南雲さんと廊下ですれ違った時に教室にいるとお聞きしたので、少し見に来ました。本当に悩んでいたんですね」
涼太よ。今、お前には感謝してる。救いの手をありがとう。薄情な奴とか言ってすまん。
こいつに聞けば、なにかエネルギー消費の少ない好い部活が聞けるかもしれない。
ん?涼太がなぜこいつと接点を持っている?まあ、あいつのことだから女子には顔が広いのかも知れんが・・・・・・
あ、わかった。
「すまない。同じクラスだったか」
「そうです。日ノ紅さんひどいですね。自分のクラスメートの顔も覚えてないなんて。南雲さんから、あまり積極的に人には関わらないって聞きましたけど」
さらに猛省。どうやら俺は、クラスメートぐらい覚えているだろうと、勝手な自己満足をしていたらしい。さっきは感謝したが、今度はあえて言わせてもらおう、涼太め、余計なことを。関わらないんじゃない、興味が無いだけだ。
軽く笑いを含みながら話した彼女の名前は、えーと、何だったか・・・・・・脳内で必死に検索をかけている俺の心を読んだかのように、彼女は言った。
「夜守です。夜守結希」
思い出した。そういえば、入学式初日に張り出された席順を見て、涼太とこれなんて読むんだろう、的な話をした覚えがある。
と、ちらっと壁を見やると教室の時計は四時まで残り五分となっていた。教室の時計は全て電波時計である。五分遅れたりなど、そんなプチ奇跡は起こらない。
「まずい!夜守、少し聞きたいんだが、この学校に好い部活はないか?エネルギー消費の少ない、穏やかで安寧の日々を過ごせる部活は!」
我ながら、超無茶な質問をしているなあと感じていた。だが、仕方ない。中庸を貫くためには無茶な質問もたまには必要だ。などと、意味不明な葛藤を頭の中でしながら、夜守の返事を待った。返ってきたのは、
「うーん、後半のはあまり意味がわからなかったんですけど、」
まあ、当然だな。俺は少し自嘲気味に笑う。もう泣きたい。
「でも、そもそも私は日ノ紅さんにある部活を勧めに来たんです」
もう何でもいい。それはいったいどんな部活だ?俺の返事を待たずに、夜守は続けた。
「文芸部です!」
文芸?それはもしかして本を読み、その読書感想文を書いたり、自ら作品を執筆するあの文芸部か?夜守はさらに続ける。
「ですが、文芸部は今のところ部員がいません。私一人なんです。この高校では部員が二名に満たない場合は廃部になってしまいます。つまり、廃部の危機なんです!」
ほう、それはそれは、じつに大変なことだ。部員二名で活動というのはいささか大変だろう。維持するだけでも一苦労ではないか。・・・・・・待てよ。さっき、夜守は俺に勧めたい部活があると言っていたな。つまりそれは、
「そうです。日ノ紅さんには文芸部に入ってもらって、一緒に活動してもらいたいんです!」
・・・・・・無理だ。廃部寸前の部活に入れば、必然的に仕事量は増える。俺の安寧の日々は吹き飛んでしまうだろう。そんなところを選ぶわけがない。が、状況が状況である。地獄の罰を受けるか、廃部寸前の部活に入り部活の立て直しをするか、普段の俺ならどちらも選ばない。しかし、ああ、神よ、あなたは俺からどうあっても安寧の日々を奪い去るつもりなのですね。まあ、いずれにせよ、選ぶ方は決まった。
「わかったよ。元々、とくにやりたいこともないしな。」
その言葉を聞いた瞬間、夜守の表情は一段とまぶしいものになった。それはそうだろう、部の立て直しに成功したのだから。俺の大好きな穏やかな日常と引き換えに。
「よろしくお願いしますね。日ノ紅さん!あ、ついでに部長はわたしです。副部長は日ノ紅さんにお任せしますね。」
待て。待て待て。そんなポストは聞いてないし、要らない。ますます俺の仕事が増えるだけだ。・・・・・・とは言えない。あのまぶしい笑顔の前では。
「はあ、わかった。とりあえず・・・・・・はじめまして、だな」
俺は深くため息をつき、筆箱からボールペンを取り出し、一気に殴り書きした。
「これで俺も無色じゃなくなるのかな」
「なにか言いましたか?」
いや、なにも。変わるはずはない。俺が目指すのは中庸だ。どちらかに偏ることはない。ただ、少しだけ変わり始めた日常に、微かな心音を感じていたのは否定できなかった。
「・・・・・・どうしてこうなった?」
夜守には聞こえないくらいの小さな声でそう呟いた。俺は黙って微笑んでいる夜守を一瞥し、それから、職員室めがけて駆けて行く。
不思議と、その言葉とは裏腹に廊下を走る俺の足取りは軽かった。
名字打つのめんどくさい・・・・・・
もっと簡単なのにすればよかった。 笑