龍 part1:鼓動の高鳴り
担当:仲
龍は自分の部屋のベッドに寝転んでいた。
「龍兄ぃ、ご飯できたよー!」
階下から聞こえた光の声に対し、意識も寝転びかけていた龍は、ゆっくり体を起こした。起きて数秒経つと腹が空いていたことに気付き、ろくに返事もしないで、ボーッとしながら一階に下りていった龍は、その光景を見て一瞬で目が覚めた。
「じゃーん!!すごいでしょ?かなり時間かかったんだからね」
と光が得意気に言う目の前には、有名レストラン並みの豪華な料理の数々がテーブルの上に所狭しと並んでいる。時計の針はすでに11時を回っていることからも、時間がかかったというのは本当なのだろう。
「どっどうしたんだ……これ……?」
と驚く龍に、
「入学祝いよ、入学祝い」
と光は笑顔で答えた。
「入学祝いって、今まで何か行事があったときにこんなの作ったことあったか?」
龍がそう尋ねると、光は、
「いいの!今日はそういう気分なんだから」
と、いつもよりもさらにハイテンションで適当に答えたあと、自分で作った料理に食いつき始めた。
龍は疑問に思いながらも、目の前に並ぶ、光り輝いて見える料理の数々の誘惑に負け、今日初めての料理に光に負けじと、まずは一番近くにあった大皿に載った肉に齧り付いた。
食事が終わり、部屋に戻った龍は、再びベッドに寝転がり、今日一日を振り返ってみた。
一番気になったのはやはり、下校途中に出会った、三千風水面と名乗った少女だった。龍は目を閉じながら、水面との会話を思い出してみることにした……。
太陽は沈み、月と星の光が、ベンチに少し距離を置いて座る龍達2人を照らしていた。
龍のとなりに座る少女は、素敵な笑顔のまま龍のことを見ていた。龍は、直視してくるその視線を、横目で見たり見なかったりしていた。
どちらも何も切り出さず、しばらく沈黙が続いた。が、
「君はどこに住んでいるんだ?」
初めに口を開いたのは、龍だった。
水面は下を向いて一瞬だけ躊躇ったが、すぐにまた龍の方を見て、
「……隣町だよ」
と、透き通った声で、短く答えた。
「じゃぁ、なぜあの桜並木にいたんだ?」
龍は質問を続けた。口調とは裏腹に、朝から何も食べていないことを忘れるほど緊張していた。
「ちょうどこの辺を歩いていたら、綺麗な桜が目に入ってね。それで、もっと近くで見たくなって、幹のところまできて見ていたの」
桜ならここじゃなくてもいっぱいあるのに……、と龍は疑問に思ったが、ちょっとした事情があったのだろう、と思い、敢えて聞かないことにした。
「じゃぁ……さっき逃げたのはなぜ?」
質問攻めしてるな、と思いながら龍が聞くと、水面は、
「それは……」
少し迷ったような表情を見せた。が、再びすぐに龍に顔を向け、
「追いかけてくれるかなって思ったから」
と月の光に負けないくらいの、輝いた明るい笑顔でそう答えた。
その笑顔を見た瞬間、龍は体が熱くなるのを感じた。ストーブで温まるような、外からの熱ではない。中から染み出すような熱だ。
「つっ…………!」
生まれて初めての経験に、龍は戸惑った。この感覚はなんだ、と。
龍は、高鳴る鼓動を抑えようと、空を見上げた。涼しい春風が、龍の頬を優しく撫でるように掠め、流れていった。
鼓動はまだ速いものの、とりあえず落ち着きを取り戻した龍は、「君は……」と言いながら、横にいる少女の方を向いた。
だが、そこに少女の姿は無かった。
龍は辺りを見回した。しかし、周りには、風に吹かれて揺れている木々があるだけで、少女の姿どころか、人っ子一人いなかった。
どれくらい時間が経っただろうか。太陽と入れ替わるように出てきた月は、もうだいぶ高い位置にまで上っていた。ようやく緊張から解放された龍は、朝から何も食べていなかったことを思い出し、急いで家帰宅したのだった。
龍は、今日一日で相当疲れが溜まっていた。
「それにしてもあの娘は一体……」
今、龍は部屋のベッドの上で寝ていた。龍は、もう少し水面に関して思考を巡らせてみよう、とそう思ったところで睡魔に襲われ、そのまま眠りについたのだった。
「龍兄、遅刻するよー」
龍は、光の甲高い目覚まし時計のような声で目が覚めた。
龍が眠たい目を擦りながら階段を降りると、もうすでに朝食を食べ終えた光が玄関で靴を履いているところだった。
「あ、龍兄おはよー。お弁当はテーブルの上に置いといたから、遅刻しないように家出なよー。それじゃぁいってきまぁす」
光はいつもどおりのハイテンションで、玄関を飛び出していった。
龍は素早く制服に着替え、弁当を手に取ると、何も口にはせず、光のあとに続くように家を出た。
龍は学校への一本道を一人で歩いていた。昨日と同じように、桜の花が風と戯れるように空中を舞っている。
龍は別に意識しているわけでは無かったのだが、足が勝手に、昨日不思議な少女を見かけたところへと向かっていた。期待と緊張が入り混じって、一歩一歩近づく度に鼓動が早く大きくなるのが分かった。
とうとう昨日の場所へやってきた龍だったが、そこにはあの娘はいなかった。
「今日はいない……か」
浅く溜息をついた龍は、再び歩きだそうとした。が、
「朝からどうした?元気ないな、まさか、フラれたのか?」
突然、自分に向けられた言葉が耳に入ったせいで、龍は足を止め、振り返った。
「なんだ、達也か」
口元にニヤケといった類の笑みを浮かべながら話しかけてきたのは、龍や光と幼稚園時代からの幼馴染の杉並 達也だった。彼らは偶然にも全員同じクラスになっていた。
「そんなわけないだろ。お前だって俺が告白どころか、人を恋愛対象として見たことが無いってことは知ってる、だろ?」
「ハハハ、そうだったな。もったいねーよなぁ、かっこいいのに」
「人の勝手だろ」
言いながら龍は、頭の中にふと一つの仮説が立てられたのを認知した。あのとき感じた体の熱と鼓動の高鳴り、まさかあれが……。
「いや、ないな」
「何がだ?」
「気にするな。さ、これ以上ここで無駄話してる暇も無い。行くぞ」
きっとあれは寒さに対する体の反射反応の一つだ。龍は、勝手にそう自己解釈し、学校までの一本道を、再び歩き始めた。
評価・感想・メッセージお待ちしております。