プロローグ
一話ごとに書き手が変わるリレー小説です。だから一話毎に文章体が三人称だということを除いて変わっていきますので、そこのところはあらかじめご了承ください。最初の担当は、すでにここで別の小説、「俺の非常識女神様」を書き始めていると理由から、ごりが勤めさせて頂きます。長くなってしまって申し訳ございません。では、開演です────。
森がある。
星や月明かりが木々に隠れない闇を照らし、季節を問わないそよ風が空気を洗うのは夜の森だ。
広大な領域と膨大な量の木々の中、しかし木々が見られない区域がある。
草原だ。
そしてその丈の低い緑の絨毯の上には少女の人影が一つ、月を見上げて立っている。
再び撫でる様にそよ風が吹き、少女のセミロングの髪を掻き上げた。
ふわりと舞う瑠璃色の髪を左手で抑え、だが少女は風に目を瞑ることなく月を見上げ続けている。
突如、少女が口を開いた。
「ラウル、調子はどう?」
透き通った声が虚空に響く。しかし、周囲には木々、空には星々が見えるだけで、少女の言葉に答えてくれそうな存在は見当たらない。だが、
『うむ。今は概{おおむ}ね良好だ。何処にも苦痛を感じることはない』
低く、しかし優しさが籠もった声が上空から堕ちて来た。
それは耳に聞こえるのではなく、直接脳内に響く声。
『だが時が近いことに変わりはない。もう半年も保たないだろう』
その声に対し、少女は別段驚く訳でも顔を歪めるわけでもない。ただ少し眉根を寄せて残念がるような表情になり、
「そう……。じゃぁやっぱりここは無くなっちゃうんだね」
『あぁ。すまない、君達の代で終わらせてしまうとは』
堕ちてくる声に対し、少女は困ったような微笑みを見せた。
「仕方ないよ。生きる者は皆、最後には死を迎えるんだから。私はむしろ、ラウルもちゃんと生きてるってことが分かって嬉しいよ」
少女は困惑の念を表情から取り払い、笑みを深くし、
「ラウルも人間なんだよ。ただちょっと他よりも長生きで、少し重い宿命を背負っちゃっただけの」
『…………』
ラウルは答えない。存在は感じるが、声が堕ちて来ない。
しばらくの間、沈黙が流れた。
先に沈黙を破ったのはラウルだった。
『仕神巫女よ』
少女はいつの間にか俯かせていた顔を上げる。
「何?」
『君はその力のせいで何かと束縛されていた。自由がなかった。さぞかしつまらなかった事であろう』
「そこまできつくないよ。そりゃ確かに森には行っちゃダメーとか身だしなみはきちんとしなさいーとか色々五月蝿く言われたりもしたけど、友達だってちゃんといたし……反界旅行には行けなかったけど。でも、十分楽し……』
『反界に行かせて上げよう』
少女は目を見開いた。そんなことできるはずない、と。なぜなら、
「だっだめだよ!そんなことしたらラウル、早く死んじゃうじゃん!」
『どうせもうすぐこの世を去る身だ。それくらい何てことはない』
ラウルの声は決意を固めたようにより低くなっている。
それに、とラウルは付け足し、
『君や、その前の仕神巫女達には色々と世話になった。感謝している。ありがとう』
「そんな、感謝されるようなことなんて全然……」
『話は最後まで聞くんだ、仕神巫女よ。私は君にお礼がしたい。今までの仕神巫女の代表として』
ラウルは一息置き、
『君は以前、自分だけ反界に一度も行けず、さらに今後も行けないことを知ったとき嘆いていたな。どうして自分だけ、と』
「あれはまだ私が幼かったからで……」
『小さい子の方が感情表現がストレートだ。そしてそれはその子の心の一番深くに存在する気持ちだ。成長して抑えられるようになったって、結局のところその願望は変わらない。君は今だって反界に行きたいと思っているのだろう?』
その声に対して少女は即座に何か言おうとした。しかしすぐに何かを我慢するように口を結ぶ。
『正直になるんだ、仕神巫女よ。君は今も反界にいきたいのだろう?』
少女は先ほどから低くなったラウルの声から何かを悟ったのか、口を結んだまま俯き、すぐには答えようとしない。
『行くんだ、仕神巫女よ』
その声に対しても、まだ俯いたまま動かなかった少女は、しかしおそらく彼女にとっては永久にも近いものがあったであろうその時を経て、戸惑いながらも、だがはっきりと頷いた。
ラウルはただ黙ってそれを肯定と受け取り、
『反界に着くまで多少の時間がある』
ラウルは虚空より、俯き、肩を震わせている少女を見つめ、
『それまでに泣き止むんだ』
少女の足元から光の粒が浮き上がり始める。
そして、ラウルが接続の言葉を言っている間にも、一粒、また一粒と光の粒はその数を増していく。
『君には笑顔が似合うぞ』
それは少女が初めてラウルと対話したときに言われた言葉。
少女は服の袖が濡れることなど全く気にせず、急いで涙を拭き取ると、月に向かって笑ってみせた。
直後、少女を光が包んだ。
「ラウル、ラウル。戻ってよくなったらちゃんと帰り道案内してね。私、それまで絶対泣かないからね。ずっと笑ってるからね。だから、戻ってきたらまた……」
少女の声は最後まで、風と戯れる草原に響くことはなく、光が弾けるとともに消え、またその姿も消えていた。
『また、楽しく話そうな』
ラウルが口にした言葉もまた、風と、しかし今は火の粉を交えた突風吹き荒れる草原に響くことはなかった。
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