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らっきー♪  作者: 市尾彩佳
第四章 シグルド20歳~ ケヴィン26歳~ アネット25歳(?)~
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四章-1

年齢を間違えていました。第三章の段階で、シグルド18歳になります。そのため、第三章は第二章ラストから三年後ということになります。

修正いたしましたが、まだ修正漏れがあるかもしれません。お気づきになられましたらご一報いただけると助かります。

 再度戦場に赴いたシグルドに遅れること一年。ようやく準備が整えられ、国王は新たに集められた大勢の兵士をひきつれて戦場に向かった。

 そして初戦、国王は強引に軍を進め、敵の陽動作戦にまって戦死する。

 国王、そして王太子の死に混乱する軍を、シグルドは何とかとりまとめ、防衛線まで撤退させた。

 その後、王位に就くため一度王都に戻り、シグルドは戴冠後隣国から軍を退くことを宣言、すぐに戦場に戻ってこれを断行する。軍は国境まで撤退し、国境を守る兵士を残して、侵略のために膨れ上がった軍は解体された。

 二ヵ月半で戦場から舞い戻ったシグルドは、今度は王太子の婚約者であったエミリアを王妃にすると言い出す。貴族たちは反対した。王太子との婚約期間の長かったエミリアは、結婚式を挙げていなくともその扱いは実質王太子妃であったし、婚約者が亡くなったからといってその弟に嫁ぐのでは外聞が悪い。それにこれまでシグルドを排除しようと躍起になっていたラダム公爵の後見を持つエミリアが王妃となれば、シグルドはラダム公爵を権勢の座から退けづらくなる。それがどのような不利をシグルドにもたらすか理解した上で、シグルドはなおエミリアを王妃にと望んだ。

 そのことについては心当たりがあった。十年ほど前のあの時、どうしてきちんと問い質さなかったのかと後悔するが、もう遅い。

 シグルドは結局、議会の承認を得ないままエミリアを王妃にした。

 そのことで、味方であった貴族たちにも反感を持たれてしまう。

 だが、シグルドならば反感も押しのけられる。ケヴィンもこの時はそう思っていた。


 シグルドの王妃の件が一段落ついたところで、ケヴィンは自分のために動き出す。



  ──・──・──



 戦場から戻ったその日の夜、ケヴィンはアネットの部屋を訪れた。

 しかし洗濯室隣の物置は、そんなに遅くない時間であったのに明かりが灯っておらず、人の気配がないことに気付いてそっと扉を開いてみれば、彼女がベッドにしていたというベンチの上には荷物が雑多に置かれて埃をかぶり、長らく誰も住んでいなかったことは容易に察せられた。

 久しぶりの逢瀬がかなわずぼうぜんとしたケヴィンの頭によぎったのは、屋根裏部屋に空きができて移ったか、アランデル侯爵ハンフリーの元に行ったかどちらかだった。

 そこでケヴィンは、新国王シグルドの側近として戦後処理に忙殺される中、何とか時間を作ってアランデル侯爵邸を訪れた。

 従兄のハンフリーは、ケヴィンを応接室に通しソファに座ってこう言った。

「使用人たちにもしっかりと言いつけておいた。指輪を持って現れる者がいたら、丁重に招き入れわたしに連絡するようにとね。だが、指輪を持った女性は現れなかった、──そのかわり、君の邸から使いが来たよ。行方不明になった使用人を捜していると。薄茶色の髪に緑の目をした女性だそうだ」

 色の話をされても、ケヴィンにはよくわからない。彼女と会うのはいつも暗い時で、ランプの赤い光は本来の色を隠しおおせてしまう。だが、探されていたのは彼女だと思って間違いないだろう。


 ハンフリーを訪ねた夜、ケヴィンはあえて夕食の席を選ばず、父トマスの部屋に移動して話を切り出した。

「おまえの話を聞く前に、わたしの話を手早く済ませてしまおう」

 トマスはそう言って、執務机の引き出しから一枚の紙を取り出した。

 真っ白で厚手の上質な紙の上には、ケヴィンも面識のある令嬢の名前が書き連ねてある。

「おまえもそろそろいい歳だ。伴侶とする女性をなかなか見つけられないでいるようだから、わたしが適切な令嬢たちを身つくろっておいた。おまえが望む相手がいるのならできるだけ希望に沿ってやろうと思うが、居ないのならばその中から選ぶように」

「父上。そのことでお話があって来たのです」

 ケヴィンが切り出そうとすると、トマスはそれをさえぎって言う。

「下働きの娘と結婚したいと言うのなら、それは駄目だ」

 執務机に両手を置いて、椅子に座ったトマスのほうへ身を乗り出す。

「やはり父上が彼女を捜していたのですね? 彼女は今、どこにいるんです?」

 肘かけに肘を突き両手を組んだトマスは、目を伏せてため息をついた。

「結婚はさせてやれずとも世話くらいはしてやろうと、手を尽くして捜したが見つからなかった。捨子で身寄りがなく、邸の外に知り合いがいた様子もなかったらしい。そんな娘が金も持たずに一人で邸を飛び出して、おまけに身重であったというのに、今も無事でいるとは到底思えん」

「──! 彼女は妊娠していたのですか!?」

 やっぱりヘリオットは信用置けない。あの薬は効かなかったじゃないか!

 意気込んで聞けば、トマスは伏せていた目を上げて、厳しいまなざしをケヴィンに向けた。

「おまえの子だそうだな。使用人頭のオルタンヌから話を聞いた。相手はおまえではないと、懸命に否定したそうだ。もしおまえが愛人を持ったら一生結婚しないと言い切ってね。それでオルタンヌはわたしの帰宅を待って報告をすることにし、その間に娘は行方をくらましてしまった」

 ケヴィンはうつむき、下唇をかみしめた。こんなことになるなら、彼女の気持ちを優先するなどと考えたりせず、最初からハンフリーに預けていくべきだった。

「おまえの心をよく察する、いい娘だったようだな。身分がなかったことが残念でならないよ。──おまえのためを思って姿を消した娘の気持ちを汲んで、そろそろ身を固めなさい」

 ケヴィンはトマスの顔を見ないまま、差し出された紙を受け取った。

「しばらく、考える時間をください」

「ああ。どのみちもっと落ち着いてからでないと結婚式は挙げられまい。生涯寄り添う相手だ、よくよく考えて選ぶといい」

 ケヴィンは無言で頭を下げて、トマスの部屋をあとにした。


 きっちり締めた扉にもたれ、目元を片手で隠して宙を仰いだ。もう一方の手はたった今受け取った紙を握りつぶしている。

 考えに考え抜いた末に出した結論を、父に告げることはできなかった。

 彼女がいない。

 その事実が、ケヴィンの決意を水泡と化し、心を打ちのめす。

 何故一人で行ってしまった? どうして頼ってくれなかった? わたしはそんなにも信用されていなかったのか? 自分のしあわせは自分で選び取ることができないと?

「ケヴィン様……」

 遠慮がちに声をかけられて、ケヴィンはそばに人がいることに気付いた。目元を覆う手を外しのろのろと顔を向けると、そこには思い詰めた表情をした、こげ茶色の髪に白髪の混じる女性が立っていた。

 オルタンヌだ。

「……わたしの部屋に来てくれ」

 もたれていた扉から体を起こし、ケヴィンは重い足取りで歩き出した。


「……わたしに、話があるのだろう?」

 扉が閉まる音を背後に聞き、机の側に立ったケヴィンは振り返らずに問いかけた。

 振り返って、言葉を重ねた。

「遠慮なく言うがいい」

「では申し上げます。何故戦場に行かれる前に、あの子の愛人としての立場を整えてやってくださらなかったのですか? 関係を持つだけ持たれてあとは放置では、あの子があんまり哀れです。わたくしに一言言ってくだされば、ご主人様に申し上げて手配させていただきましたのに!」

 淡々としたオルタンヌの口調は、ケヴィンを責めて次第に激しくなっていった。

 言葉が切れたところで、ケヴィンは口を開く。

「すまなかった。おまえに頼めば父の耳に入れるしかなくなると思って、言えなかった。父が彼女をどう扱うかわからなかったから、うかつに明かせなかったんだ」

 時間がなさすぎた。父に彼女を頼んで、もし自分の手の届かない遠くにやられてしまったらと思うと、恐ろしくて言い出せなかった。

 その可能性に気付いたのか、オルタンヌは「あ……」と呟きをもらし口元を押さえる。

「それに彼女にはわたしの、母の指輪を託してあった。何かあった時にはアランデル侯爵の邸に行って指輪を見せれば、便宜を図ってもらえるように頼んであった」

 だが、彼女はアランデル侯爵邸には行かなかった。

 何を思い、どこへ行ったのか。

 過ぎるほどにわかるからこそ、やりきれない。

 オルタンヌは頭を下げた。

「申し訳ありません。差し出たことを申しました。──あの子が、愛人になることを拒んだのですよね?」

 気まずく思いながら、ケヴィンはオルタンヌから目をそらして横を向く。

「時間がなくて、説得しきれなかった。……気が急いてしまっていたんだ。彼女が誰かのものになる前に、と。だが、きちんと同意を得られないまま、我が物にするべきではなかったと反省している」

 さきほどの父の話を聞いた後では、後悔はさらに増す。父がああいう考えでいると知っていれば、オルタンヌに任せることもできただろうに。

 ケヴィンは横を向いたまま、うつむいて額に手を当てた。

 彼女は今、どうしているのか。

 子どもは無事生まれたのか。

 生きているのか、それとも。

「あの……」

 オルタンヌがおずおずとした声をもらす。

「さきほどケヴィン様は、アネットに奥様の指輪をお持たせになったとおっしゃいましたか?」

「……ああ」

 何を話そうというのか、不思議に思って目をやると、オルタンヌは確信を持ったように表情に力を取り戻し、毅然と答える。

「あの子の使っていた部屋から、指輪は見つかりませんでした。持って出ていったと見て間違いないでしょう。指輪を持って出ていったのなら、あの子はきっとどこかで生きています」

「何故そのように言える?」

「あの子はケヴィン様の大事な指輪を預かっておきながら、無責任な真似はいたしません。死を選ぶつもりだったのでしたら、この邸に置いていったはずです。指輪を換金したとも思えませんが、何らかの方法で今も懸命に生きているはずです」

 最悪を想定し、よどんでいたケヴィンの心が晴れていく。

 そうだ。母の形見だと聞いたとたん、よけい遠慮してケヴィンに返そうとしていた。必要になったら換金してもいいと言ったのに、それすらもその場で固辞して。

 そんな彼女が、ケヴィンに指輪を返さずにいなくなるわけがない。

 あるいは自身の守り袋と同じように、我が子に託すつもりで。


 あきらめなければ、再会できるかもしれない。

 希望が見えてきた。

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