勧誘 ④
しばらく無言の睨み合いを続けていると、子供は大きなため息をついてお茶を飲み干し、ご馳走様でした、と手を合わせる。
「で? そのセイランの“口”が“言葉使い”の僕に何の用?」
先ほどとは打って変わって、ひどく警戒した目を向けられる。口調は軽いが、あえて“言葉使い”という部分に力を込めて、牽制をかけてくる。
ここからが正念場。
相手の一挙手一投足を見逃さぬよう、ひたり、と視線を合わせる。
「私と一緒にセイランへ来て欲しい」
「やだ」
打てば響くような回答に、口元に笑みが浮かぶ。そこに余裕を見たのか、子供はさらに目に警戒を強めた。
「私は、わけあって“耳”の能力を持つ者を探している。君がどうして“言葉使い”の免許を取れたのかは分からない。だけど君には“耳”の能力が、“言”を聞き取る能力がある。それはこれまで5つの“言”を見つけていることでも明らかだ」
険のある視線をそのまま受け止め続ければ、耐え切れなくなったように視線を外したのは子供のほうだった。
「偶然見つけただけだもの。偶然って、そう何度も起きないものでしょ」
「確かに、5度起きたことを偶然とは呼ばないな。君には間違いなく“耳”の才能がある。特に、水に縁が深いようだ。私の故郷も水にゆかりがあるから、新しい“言”を見つけることだってできるかもしれない」
確信を持って口にすれば、子供はあきれたように首を振る。
「あのね、さっきから言ってるけど、僕は“耳”じゃなくて“言葉使い”なんだって」
「“耳”でも“言葉使い”でもどちらでもかまわないんだ」
肩書きなど、どうでもいい。
実際、極めて稀な例にはなるが“耳”の中には“口”の能力を併せ持つものもいる。
「ただ半年後の祭りまでに、どうしても耳を傾けてみて欲しい“音”があるんだ」
指で机をひとつ叩いて注意を向けさせてから、少し身を乗り出して小さな声で告げれば、子供の大きな目がくるりと回った。
「……“音”?」
きき返す声が辺りをはばかるように小さなものになったことに、やはり“耳”の能力があることを確信する。
“音”は一般的には発生源が不明な音を指す。だがもうひとつ、あまり知られていないことだが“耳”にとっては別の意味を持っていた。
それは、“叫び”。
“言”を聞き取ることが出来ない“唯人”や“口”ですら、“音”として知覚することが出来てしまうほどの、“叫び”。
「それがただの“音”なのか、そうでないのか。それを聞き分けてほしい」
小さく眉を寄せて真剣な目で見つめてくる子供をまっすぐに見つめ返して言えば、子供は瞬きもせずにちらり、と手元に視線をやりまたすぐに戻す。
「……その“音”、聞いたことある?」
「ああ。ランカクに住むものなら、毎日のように」
真剣な声でたずね、イリキの答えに、子供はなぜか目を伏せてしまう。
そしてもう一度目をあげたときには、前よりも警戒の色が薄くなっていた。