表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
言術士コマ  作者: おこた
6/47

勧誘 ③

 

「なんか、凄く今更って感じだけど。そもそも、おにーさん、さっきからなんども力込めて呼んでいるのに、改めて僕の名前を聞くの?」

 力を込めていたことに気付いていたか。


 名を告げてなお、おにーさん呼ばわりするということは、“口”に対する警戒があるのだろう。


 “口”によっては、自分の名前に罠を仕掛け、相手に呼ばせることで、何らかの効果を出すものもいる。しかし、豪胆なのか、抜けているのか、先ほどから“口”の“言”に対する防御を展開した様子はない。あきれたようにこっちを眺める子供に、それこそ、あきれた視線を投げる。

「イリキだ。名前に罠なんか仕掛けてない。安心して呼んでくれ。というか、そもそも力を込めてよばれているのが分かっていながら防がないのに、私の名前には警戒するってどういうことだ?」

「だって、おにーさん“口”でしょうが。どの階級かは知らないけどさ、声域拡大であれだけ大声出せるんだから“言葉使い”の僕がちょっと防いだところで意味ないでしょ」

 小細工に気付かれていた気恥ずかしさと、自分の力量を侮られているのかと不機嫌を隠さず言うと、子供は先ほどの往来でのやり取りを思い出したのか、軽く耳を押さえるしぐさをする。

「僕の短い人生の中で、あれほど気合の入った呼ばれ方をしたのは初めてだよ」


「今、なんていった?」

 信じられない言葉が聞こえた気がした。

「だから、あんな往来でそこまで気合の入った呼ばれ方をしたのは初めてだって」

「その前だ。君は“言葉使い”なのか?」

 “言葉使い”は“口”になれるほどの力を持たず、平均よりも多少“言”を操れるものたちの総称で、それを名乗るには、審査が必要になる。

「ちゃんと聞いてたんじゃない。そうだよ、ほら」

 懐からしっかりと袋に入った一枚の板のようなものを見せる。特殊な染料で染め上げられたその板には、言葉使いであることを証明する旨が書かれていた。香音が審査し、“言葉使い”であることを認めた免許だ。


 香音は“耳”の能力を持つものを必死に探しているため、何かにつけて“耳”能力の有無を検査する。この免許が発行されたということは、この子供が“言葉使い”であることを証明すると同時に“耳”の能力が皆無であることを証明しているに等しい。


「だが、君の名前でこれまで5つもの“言”が各地の“耳寄り所”で登録されている」

 子供の真っ黒で大きな瞳がまたクルリと回り、驚いたような顔になる。

「おにーさん、もしかしてさっきの“耳寄り所”にいた? あれ、でもファイルにはその“耳寄り所”で登録された分しか名前が載らないはずじゃ……?」

「君は、このイルンバのほかに、少なくとも3つの“言”を『音葉』の名前で“耳寄り所”に届け出ているだろう。どれも大きな町だから、通行税が足りなくなったのか?」

 つぶやくように自分の考えに沈もうとした思考を妨げ、畳み掛けるように言えば、子供の大きな目は素直に感情を映して動揺を伝える。

 

 同姓同名の人違いだ、とでもいえばよいものを、それも思いつかなかったのだろうか。

 付け入る隙がある。


「これまで君が登録してきた5つの“言”すべてが水に縁ある“言”だろう? 君には少なくとも水の“言”を聞き取る“耳”の能力があるといっていい」

「なにを期待してるのか知らないけど、これまで登録してきたのは地方では普通に使われてる言葉だからね。こういう大きな町に来ると、逆に田舎の言葉って知られてないんだよ」

 平静を装いながらも、その目は動揺に泳いでいる。その必死な様子とつたない言い訳に、思わずため息がこぼれる。

 よくここまで無事に旅してこれたものだ。


「今後の君の旅のために、ひとつ教えよう。君は嘘をつかないほうがいい。丸分かりだ」

 日焼けした顔にさっと朱が混じる。反論しようとして口を開きかけるのを、にらみつける。

「君の名前で登録された“言”は、これまでこの帝国内のどこにも存在していなかった」

「なんでそんなこと言い切れるのさ!」

「君が言ったように、私がセイラン出身の“口”だからさ」

 まっすぐ、視線を一瞬たりともそらさずにそう口にすれば、言外に含ませた意味を正確に理解したのか、ぐっ、と言葉に詰まって悔しそうにこちらを睨み付けて来る。


 セイラン出身の“歌人”と知り合いだというのも嘘ではなさそうだ。

 セイランは国を挙げて“言”を得るためにありとあらゆる努力をしている。そのセイラン出身の“口”であるということは、帝国内外の言語に精通しているということであり、地方の方言で知らない言葉があるなど、ありえないのだから。

 

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ