勧誘 ②
「おにーさんってさ、セイランの人でしょ?」
「えっ、あ、ああ……」
匙を置くよりも早く身を乗り出すように言われて、“言”を発する前に間の抜けた返事をしてしまった。
「あー、やっぱり? “口”でその髪と瞳の色だからセイランの人かなぁ、って思ってたんだ」
にこにこにこにこ。
さっきまでの不機嫌が嘘のような上機嫌で話しかけてくる。
色の濃淡はあるが、セイラン人は黒い髪と青い目をもつ。明るい茶色の髪が圧倒的に多い香音では目立つ特徴だ。
「僕の知り合いにもセイラン出身の人がいるんだ。その人も黒髪に青い瞳でさぁ。やっぱり凄くいい声してて、歌もうまいんだよね。おにーさんも歌うまいでしょ?」
「いや、私は歌は苦手なんだ」
期待に満ちた目で見上げてくる子供に、頷いた瞬間に今ここで歌わされそうな予感を感じつつ、イリキは視線をそらした。
「またまた~。そんな美声で、“口”で、セイラン出身者で、歌が苦手ってことはないでしょ~」
食後のお茶を飲みながら、何かを思い出すように頬杖をついて遠くを見る。
「初めて聞いたときは驚いたんだよね。そこらでよく聞く歌なのにさ、なんかこう、いろんな情景が目に見えるっていうか、身に迫ってくるというか」
「『音葉』の知り合いというのは、“歌人”か?」
歌うだけで聞き手に情景を錯覚させる“口”たちには心当たりがあった。歌う歌に“言”を織り交ぜ、心と記憶に残る歌を披露し、歌うこと自体を目的とする人々。旅人が多い町では、時々彼らの歌声を聞くことができる。
「彼らの歌なら、私も聞いたことがある。あの体感させる歌は『音葉』の言うとおり、たしかに一度きいたら『忘れられなくなる』な」
あえて相手の名を呼び、さりげなく意識を集中させる“言”を込める。
「でしょっ!? でもおにーさんの声ってその“歌人”の知り合いよりもいい声してるんだよね。若いのに深みがあってさ。ね、物は試しで一曲歌ってみない?」
どうしても歌わせたいらしい。
わくわくした目で身を乗り出す子供に一曲子守唄でも歌って、連れ去ってやろうか、と物騒な考えが頭をよぎるが、歌は本当に苦手だし、それにそんなことをしたところで協力は得られない。説得しなければ意味がない。
「そういえば、まだ名乗っていなかった。私はイリキというんだ。君の名前は?」
とりあえず、子供の意識を歌からそらしたほうが無難だと判断して話を変える。そういえばまだ名乗っていなかったことを思い出し告げれば、子供の大きな黒い瞳がクルッとまわった。






