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言術士コマ  作者: おこた
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常識と非常識と気づかぬ幸運 ①


 問題の本質をまったく理解せず、こちらの怒りを煽るようなことばかりを言ってくるコマに、イリキは近年感じたことのない類の腹立たしさで頭が沸騰しそうな気がした。


 コマは、決して無知ではない。

 むしろ、一般的な成人以上に知識はある。

 基本的に礼儀正しいし、一人で旅をしてきただけあって、世事にも詳しい。

 コマが熱烈に意欲を注いでいる食に限って言えば、その知識はイリキを上回っているといって差し支えないだろう。


 ただ、知識があることと、常識があることは違う。

 そのことを、イリキは今日、身をもって理解させられた。


 どこの世界に。

 “ミナツチノキミ”の二つ名で呼ばれる稀有な存在の“真名”を。

 知っちゃったものはしょうがない、で済ませられる“口”が居るというのか。

 しかも、その存在から命を狙われる可能性を、心意気だけで受け入れられるわけがない。


 知識はあっても常識が欠如しているコマによって、気づかぬうちに生命の危機にさらされていたイリキは、その危機の意味をまったく理解していないコマの発言に、反射的に掴みやすそうな頬に腕を伸ばして思いっきりつねりあげた。

 大人げなく取っ組み合いの喧嘩に突入しかけたところで、“彼女”の笑い混じりの声が響く。

 コマに対してあまりにも腹が立ちすぎていて、危うく“彼女”のその言葉を聞き流してしまいそうになったが、その意味に気づいて、一瞬、心臓が動きを止めた。


 ・・・呼んだら、“応える”?


 彼女は、今、確かにそういった。

 頭に血が上っていて気づくのが遅れてしまったが、その返答の意味が頭に浸透するにつれて、イリキは立ったまま気を失ってしまえそうなほど、自分の血の気が引いていくのを感じた。


「・・・呼んでも、良いのですか」

 おそらく、顔面蒼白になって、確認する声も若干震えてしまっているのだろう。

 視界の端で、コマが目をくるくる回しながらこちらを心配そうに見ている。

 

「はい。私も主もお応えします。私の真名を呼んでくださる“人”は、今はコマ様とイリキ様だけですから」

「よ、呼んでもいいって! よかったね、これで寝言の心配もいらないよ」


 慎重に聞き返したイリキに“彼女”はなんでもないことのように、にっこりと笑みを浮かべて、再び、同じ答えを返してきた。

 コマのどこか焦っているような様子ながら、本当の意味では何も理解していないが故に、どこまでも暢気な言葉にこめかみが脈打つが、今は無視しておく。

 幾筋もの冷や汗を流しながら“彼女”の言葉の意味を再考する。


 “彼女”は、私も主もお応えします、と確かに口にした。


 それは、つまり。

 コマと同じように、イリキも“彼”と“彼女”の“真名”を呼ぶことが許され、それに彼らが応えることを約束したということ。


 血の気が引きすぎて、世界が大きく揺れている。

 ひどいめまいに襲われたイリキは、両手で頭を抱えてしゃがみこんだ。


(ありえない。ありえないだろうっ)

 

 “真名”を呼ぶことを、許す。

 そして、呼びかけに応えると約束すること、それはつまり、“契約”だ。

 “人ならざるもの”にとって“真名”を根幹とする“契約”は、存在そのものをかけた“誓い”であり、絶対のもの。

 不履行となれば、存在そのものを消し飛ばすほどの強制力を持っている。


 それを。

 この“修行中の守護精霊”は。

 自らの主の分まで、勝手に、“契約”してしまった。


 ・・・もういっそ、全て丸投げして気絶して忘れてしまいたい。


 意思の力で気絶したくてもがんがんと響く頭痛が邪魔をして、イリキは力なく呻くしかできなかった。


 もしこれが“守護精霊”と直接知己を得て、“真名”を呼ぶことを許され、“契約”を行ったのであれば、自分の幸運に感激し、運命に泣きながら感謝を捧げていただろう。

 そういう意味では、“彼女”とは本来の形で“契約”したといえなくもない。

 だが、“彼”は違う。


 “彼”とは面識もなく。

 コマから“真名”を教えられたに過ぎず。

 “彼女”が“彼”の承諾も得ないまま“契約”してしまった、この状況。


 “彼女”ともども、イリキとコマも消滅させられたとしても、なんら不思議はない。


 むしろ、いくら前身は人であったにしても、“直系眷属”となってから長き時を過ごして来ているはずの“守護精霊”からのまさかの“契約”に、イリキは今この瞬間に、自分が生きていることのほうが、よっぽど不思議だった。


 生きていることが、奇跡だ。


 それでも、“彼”からも“彼”のほかの眷属たちからも今もって報復行為が行われていないのは、それは“彼女”の“契約”を肯定でもって黙認しているということで。


 “彼”の居ないところで。

 “彼”と会った事もないイリキとの“契約”が。

 “彼女”を通して成立してしまった。


 おそらく“彼女”が意図したことではない。

 ただ、話の流れでそうなってしまっただけの“契約”。

 しかし、“契約”は“契約”。

 イリキは“ミナツチノキミ”という二つ名を持つ存在の、“契約者”になってしまった。


 その事実に頭が割れるように痛むのと同時に、もうひとつ、非常識なことに気がついた。


「・・・コマ。お前は、誰から、“水玉”を預かってきたといった?」

 自分でも低いとわかる声で、おろおろとイリキの周りを歩いていたコマが不思議そうに首をかしげて、イリキの方を覗き込む。

「僕もミコトも何度も言っているけど、“水玉”は、“彼”からミコトへの贈り物だよ?」


 “彼”から預かって来たに決まってるじゃない。


 当たり前のことのような、軽い口調。

 精霊の王とも呼ぶべき、存在を確認されている“守護精霊”の中でも伝説的存在の直系の眷属。水と大地を統べる王から、直接泉の水源を確保してきたという事実にようやく思い至ったイリキは、全身の毛が逆立った気がした。


 だめだ。


 無意識に額に手を当ててうめく。


 この子供は、本当に世間知らずだ。

 世間知らずにもほどがある。


 たとえ“耳”の能力がなかったとしても、そんな存在とつながりを持つということだけで、どれほど貴重なことなのか。これを帝国の中枢部に知られれば、間違いなくコマは何らかの形で中央に召し上げられるだろう。

 そこに拒否権はない。

 

 ああ、そうか。


 呻きながら頭を抱えてしゃがみこんでしまったイリキを心配そうにのぞきこんで同じ方向に首を傾げている非常識な二人を見て、イリキはふいに理解した。


 “彼女”とコマは、友人だ。

 類は友を呼ぶ。

 つまり、そういうことだ。


 イリキは、まだ会った事も無い“彼”のこれまでの苦労と、今後の自分に降りかかってくるであろう苦労を思って大きく息をついた。





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