背に腹は代えられない 21
美味しい食事の後、至福の時の余韻を満喫していると、イリキがおもむろにコマの正面に座り直し、ひたり、と視線を合わせてきた。
その目が、厳しくコマを射抜いて、思わず背筋を伸ばして姿勢を正す。
「さて。一から全部、説明してもらおうか?」
逃げや誤魔化しは、許さない。
美声を遺憾なく発揮しつつ告げられた言葉の、言外に込められた音を正確に聞き取ってしまった自分の目が大きく動いたのを感じた。
「・・・一からって、何を?」
怒られてしまう可能性もあったけど、戸惑った気持ちのまま、聞き返していた。
イリキから気迫を込めて宣言されるほどの、説明不足?
盛大に「?」を飛ばしていると、コマが本気で分かっていないのを見て取ったイリキの米神に青筋が浮かんだのが見えた。
口元にわずかに笑みを浮かべているのに、鼻から上の部分は間逆の表情を浮かべていて、ものすごく怖い。大きく息を吸い込んだイリキを見て、また美声の雷が落ちてくる! と、コマは慌てて片手の平を突き出して制した。
「ちょ、ちょっと待って! だって、一から、だけじゃ何を説明して欲しいのか分からないよ。“明確な指示”が“口”の基本でしょ!?」
“言術士”にしろ“口”にしろ、“言”を扱うものは、その対象に向けて正確でぶれの起きない“言”を発しなければならない。たとえば、“水汲みの言葉”をただ発すれば、涸れるまで水をくみ上げ続けられたり、逆に一匙の水しかくみ上げてもらえないこともある。だから、どれだけの量を、という明確な“言”もしくは“意思”を込める。
一から全部、といわれても、イリキにとってどこからが“一”なのかが分からない、と叫べば、イリキは大きく息を吐いた。
目を閉じて大きく二回深呼吸をしたあと、目を開いて、怖いほど真剣な色を浮かべた青い瞳でまっすぐに睨みつける。
「“彼女”だけが割れる“水玉”を創り、コマに託したのは、“誰”だ?」
「“彼”だよ」
反射的に答えると、イリキの米神が脈打つのが見えた。
「“彼”とは、“誰”だ?」
何かを押し殺すようなイリキの声に、コマはわけが分からなくて眉間に皺を寄せた。
「『ミナカミノミコト』だよ」
「それは、“彼女”の“真名”だろう?」
どこまでも真剣な美声に、コマは小さく首を振る。
「違うよ。ミコトは『ミナカミノミコト』だけど、“彼”は『ミナカミノミコト』だから」
「“真名”が同じなどありえない」
打てば響くようなイリキの返事に、コマはようやく気付いた。
そうか。イリキは、まだ、聞き分けられていないんだ。
「そうだけど、違うよ。“彼女”の“真名”と“彼”の“真名”は、同じだけど違うんだ」
「・・・つまり?」
「イリキ、よく聞いて」
わけが分からないという顔になっているイリキに、コマは意識して小さな“場”を作り出し、音が響かないようにする“言”を編み込む。
これで、これからコマが口にする音は、イリキにしか届かない。それでも用心を重ねて、イリキにだけしか聞こえないような小声で告げる。
「『ミナカミノミコト』は、『水守の御子人』であり『水守の尊』でもあるんだよ」
意図的に“彼女”と“彼”の本質を込めて、それぞれの“真名”を告げれば、びくっ、とイリキが大きく身体を震わせた。
限界まで目を見開いて、こちらを凝視してくる。
・・・正しく伝わった感触があるから、大丈夫だと思うけど。
瞬きもせずに目を見開いたまま硬直してしまったイリキに念のために、もう一言伝えておこうと口を開きかけて、膝の上のこぶしが白く震えているのが見えた。
「あの、イリキ、大丈夫?」
“彼”の真名には何の仕掛けもないはずだから、急に体調がわるくなったのかと声をかけると、イリキは一度きつく目を瞑ってうつむいた。
その身体が大きく震え始める。
「・・・か」
「イリキ!?」
いつもなら嫌でも耳に入ってくる美声が、全然聞き取れないなんて。心配になって立ち上がって傍に寄ると、うつむいたままいきなり胸倉をつかまれた。
「うぐっ!?」
うめき声を上げるのと同時にイリキを見上げて、今度はコマが固まった。
ギラギラと射抜くようにまっすぐに睨みつけられる。
「大丈夫なわけ、あるかっ!」
・・・初めて、イリキに切れられた。