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言術士コマ  作者: おこた
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勧誘 ①

 “耳寄り所”を出てすぐに、あの少年の小さな背中を見つけた。


 さりげなく周囲を見回すが、“口”の気配はない。あの少年の後を追っているものが他にいないことに安堵しながら、小さな背中を追いかける。

「君、ちょっと待ってくれ、おい、音葉!」

 足取りも軽く、上機嫌に歩いていく少年の名前を呼ぶが、聞こえていないようだ。羽でも生えているかのような軽い足取りになかなか追いつけず、何の反応も示さない背中に焦りを覚え。


「『広がり響け』」


 旅の疲れもあり、つい無意識に“声域拡大”の“言”を使っていた。


「『音葉っ!』」


 力を込めて少年を呼べば、それまで聞こえもしていなかった少年が、急に立ち止まって頭を抑えてうめきだした。

 体調でも崩したのかとしゃがみこんだ肩に手を置いた瞬間、逆にしっかりと握り締められ、強烈な頭突きを見舞われた。

 痛みにもがくイリキを涙目で怒鳴りつけ、力尽きたように地べたに座り込んでしまった少年。

 その姿に、驚きとともに、知らず笑みが浮かぶ。


 声域拡大の“言”は、通常の“唯人”にはその声が届くだけで、こんなに具合が悪くなったりはしない。それが地面に座り込むほど強烈な影響を出しているのは、音葉の名に織り交ぜた“呼び止める意思”に反応しているからだろう。

 連玉で会った“耳”候補の子供たちは、よく“口”が“言”に込めた意思を聞き分ける訓練を行なっていた。座玉楼の玉と呼ばれる“耳”ほどになると、ひとつの“言”からいくつもの感情や思考を聞き取ることができるという。

 名を呼んだ、たったそれだけのことでこれほどの影響を受けているのは“耳”の能力があるからと見て間違いない。


 あごの痛みはそのままに、イリキが編み出した“言”を口に乗せれば、驚いたようにこちらを見つめる大きな黒い瞳。

 何かを言いたそうに口を開き、代わりに、盛大に腹の音がなった。


 あまりにもちょうど良く腹が鳴って、思わず笑ってしまったのは失敗だった。

 なんとかなだめて食堂まで来たのはいいが、目の前の子供は食事が運ばれてくるまで警戒心と不信感と不機嫌さを隠そうともせず、じろじろと見てくる。

 食事が運ばれてきたらきたで、全部の意識を食事に集中されてしまい、話しかける雰囲気ではなくなってしまった。半泣き状態で実にうまそうに食べるところをみると、腹の音はよほど切実な状況を訴えていたのだろう。あっという間に平らげ、物足りなさそうに皿についた汁を匙ですくって舐めているから、自分の分の皿を押し出してやる。潤んだ目で皿と交互に見たあと、「ありがとう」ときちんと礼を言ってからこれもあっという間に平らげてしまった。


(不思議な子供だな)

 味わいながらもあっという間に器が空になっていくが、食べ方はきれいで見ていて気持ちいいくらいだ。礼儀もわきまえているし、育ちは悪くないようだが上品というわけではなく、こういう食堂になじんでいる。深い緑の旅装束を見ればどれもこざっぱりとしてかなり使い込まれているのが分かる。

(こんな子供が?)

 だからこそ、違和感がある。


 いくら都会とはいえ、子供の一人旅はおろか、子連れの旅人すら非常に珍しい。

 しかも“耳寄り所”で話していたことが本当だとすれば、この子は一人で隣町まで行くようだが、そこにいたるまでの街道は、治安がいいとはいえない地域だ。

 この年頃の子供なら連れがいると考えるのが妥当だが、この食欲からしてまともに面倒を見てくれるような相手ではないとみていいだろう。

(ということは、まずはこの子の了承を得てから保護者の説得か)

 注意深く少年を観察しながら、イリキは高速で頭の中に幾通りもの説得への道筋を立てる。

 説得、交渉ごとは“口”の真骨頂。

 もうすでに時間もなく、この機会を逃すわけにはいかない。

 ちょうど少年は最後の一口を食べ終えて、匙を置こうとしている。


 慎重に最初の“言”に舌に乗せるべく、口を開く。




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