背に腹は代えられない⑰
ミコトにイリキを紹介した後、イリキが青ざめて固まってしまった。
心配になって声をかけると、なぜだか分からないけど、イリキの目が、僕の首を絞めてやる、という決意にあふれた鋭い視線に見えて、コマは激しく動揺した。
これまでも“首を絞めてやりたい”って感じの目で睨まれたことがある気がするけど、今現在、その青い瞳に浮かんでいるのは“首を絞めてやる”という強い意志。そんな目をまっすぐに向けられて、動揺せずにいられるわけがない。
な、なんで!?
僕なにも悪いことしてないでしょ、してないよねっ!?
「そ、そういえば、いつから“穢れ”がこんな場所に出るようになったの? なんだか、変な感じがする“穢れ”だったけど」
わけが分からないなりに、これ以上睨まれ続けると、イリキの決意がすぐさま実行に移されてしまいそうな気がして、コマは慌ててミコトに話を振った。それと同時に強引に視線をはずして、ミコトに視線を固定する。
イリキの視線が突き刺さってくるけど、ここは無視、無視。
向き合って話を聞けば、あの気持ち悪い蔦もどきの“穢れ”は“穢れ”そのものではなく、“穢れ”に良く似た“何か”だったという。
どちらにしても気持ち悪いものだということには変わりはないけれど、分からないことが次から次へと増えていく。
“何か”はどうやって増えていったのだろう。
水量が圧倒的に減っていたとはいえ、ミコトが清めきれず、隠れなければならなかったほど強い力を持つ“何か”を撒き散らしていった“誰か”。
そして、その“誰か”はどうしてミコトを標的にしたのか。
分からないことだらけで、なんだか、嫌な感じがする。
いつもの白い姿を取り戻したミコトは、いつもの通り微笑んでくれているけれど、正体不明の“何か”に狙われて、不安がないわけがない。
このことを“彼”は知っているのだろうか?
思考に沈んでいたコマは、ぱしゃん、と魚が跳ねる音で意識を浮上させた。
湖のほうに目を向けると、土の部分など全く見えないほどの水を湛えた水面を、また一匹、大きな魚が輝きながら跳ねる。
深い緑色の布に、金の糸で刺繍を施したような独特の模様を持つ錦水魚と呼ばれる魚だ。
「湖も、すっかり元通りになったね!」
さっきまでの“穢れもどき”への思考を一瞬にして彼方へ弾き飛ばして、コマは満面の笑みを浮かべた。
「ええ。コマ様が“源”を届けてくださいましたから」
どうしてコマがこんなに嬉しそうにしているのか、理由を知っているミコトは口元を袖で隠して笑った。
「これほどの量の水をいったいどこからどうやって・・・」
同じように湖に目を向けていたイリキが、最初にミコトに視線をやり、次いでコマに視線を戻して尋ねてくる。
・・・良かった、もう睨んでない。
「これはね、水玉を作ってほかの場所から運んできた水だよ」
ちょっとほっとしながら、イリキの意識が自分を含めた他に向かないうちに答える。
「水玉?」
聞き返してくるイリキに、今度はきょとん、とした目を向けた。
「あれ? イリキ、イルンバの“耳寄り所”にいたんじゃなかったっけ?」
初めて会ったとき、食堂でご飯を食べた後に、確か“耳寄り所”で見ていたようなことを言われた気がするんだけど。
イリキはちょっと思い出すように視線をさまよわせたあと、ちょっと眉を寄せた。
「・・・まさか、“水がこぼれないようにする言葉”と“水たまりを消す言葉”か?」
「そうだよ」
説明するよりも見せたほうが早いでしょ、とコマは両手の平に泉の水をすくう。
「普通だと、これしかすくえないけど」
コマは小さな声で“水がこぼれないようにする言葉”をささやいた。
それから両手の指を広げてみせる。
本来なら、そこからこぼれ落ちてしまうはずの水が、透明な器に入れられたかのように、そのまま両手に支えられている。
さらにもう一度泉に手を入れて水をすくい上げると、コマの顔ほどの量の水が両手の上にくみ上げられた。
両手で大きな器を持っているかのように見えるが、コマの手には水以外は存在していない。
「で、この水を“水たまりを消す言葉”で圧縮して、小さくすると」
コマが再びささやく。
コマの手のひらの上の水に水流がおき、次第に小さく縮んでいく。
「ほら。出来た」