背に腹は代えられない⑤
この世には。
“人ならざるもの”が多数存在する。
その存在は、目に見えぬものもあれば、きまぐれに姿を現すもの、人の世にまぎれて生きているものあり、時には物語として語られることも多い。
その“人ならざるもの”ひとつが、精霊だ。
精霊はこの世に存在する全てのものに宿るといわれ、大きく分けて4種に分類される。
“原初の精霊”と呼ばれる、存在すら感じさせず辺りを漂う精霊。
輝く玉のような形で、感情を持ち、それによって色や形が変わる“光玉”と呼ばれる精霊。
“生霊”と呼ばれる動物や鳥などの生物の形をとり、独特の風習や文化を持つ精霊。
そして人型をとり、人以上の知能を持つ“守護精霊”。
これら4種の精霊はそれぞれ特有の“言”をもつ。
一言に4種とはいえ、光玉でさえ個体によって好む“言”が異なるため、一定以上の力を借りるにはそれなりの親しみと慣れが必要だ。
精霊に限らず、“人ならざるもの”たちの好む“言”をつむぐことが出来れば、彼らは喜んで力を貸してくれる。
それでいて、気に入らない“言”があれば、無視するか、きまぐれに正反対の事象を引き起こしたりすることもある。
それゆえに、“耳”はどの種に有効な“言”を聞き取るか、“口”はその“言”を用いて、“人ならざるもの”たちの力をどれだけ借りることが出来るかによって、その能力は大きく異なるといえるだろう。
そんな意思を持つ“人ならざるもの”たちが決して無視することが出来ないものの一つが、“真名”。
彼らにとって、この世に己を己として存在させる、重要な“言”。
“真名”を知ることで、その存在そのものを知ることさえ出来る。
自らの“真名”だけでなく、出自を同じくする眷属の“真名”が呼ばれるだけでも、彼らはどれほど遠くにあっても気にかかるものだという。
ましてや、人によって祭られて神格化された“守護精霊”ならば、その影響は計り知れない。
その証拠に。
コマがイリキに“彼女”の“真名”を伝えてから、“場”が不安定に揺らいでいる。
さっきの悲鳴じみた“音”の影響もあるだろうが、目に見えぬものたちが眷族の“真名”を知ったイリキに対して、次の行動に目を光らせているというほうが正しいのだろう。
とんでもない事に巻き込まれてしまった。
その自覚はあるし、盛大なため息を何度もついてやりたいところが、今はそんなことをしている場合ではない。
イリキはすっ、と背筋を伸ばして、周囲を睥睨する。
それだけで、“場”のざわめきが少し小さくなっていく。
「『鎮めて澄ませ』」
不安げに落ち着かなく揺れる“場”に向かって、ゆっくりと“言”を発する。
不安定に揺れていた“場”が次第に落ち着きを取り戻していく。
イリキの発した“言”が周囲全体に行き渡り、次の“言”を待つような、心地よい緊張感と静けさに包まれる。
「『彼の者に、姿を示せ』」
その瞬間を狙って、次なる“言”をつむぐ。
さすがにその“真名”を口にするのは、覚悟が必要だった。
真実の名は、確かに彼らにとって決して無視出来ないものであるのと同時に、相応しくないものがその名を呼べば、それ相応の報復がなされる。
そして、イリキは自分がその名を呼ぶのにふさわしいとは思えなかった。
今まで、それなりに修羅場をくぐり抜けて来たつもりだが、それとはまた違った命がけだな、これは。
苦笑を浮かべて、ちらり、と少し離れた位置に立つコマを見る。
“守護精霊”の“真名”をイリキに与えた張本人は、目を閉じて静かに耳を澄ませていた。
その姿は、昔一度だけ見た“耳”の学び舎、座玉楼の“玉”が耳を澄ませている姿に酷似していて。
いったい、どこの無能な検査官が“言術士”の試験をやったんだ。
これで“言術士”に合格するのはおかしいだろう、と内心毒づく。
コマ自身も何かしら仕掛けをしたのだろうが、これだけ顕著に“耳”の能力の片鱗が現れているというのに、“言術士”に合格できているということは、その検査機構そのものが機能しなくなってきているのだろうか。
そのおかげでコマをセイランヘ連れて行く事が出来るのだから、感謝しなければならないのかもしれないが。
それにしてもお粗末にもほどがあるというものだ。
それに、コマ自身にも不可解な点が多い。
普通、“耳”とは“言術士”以上に重宝される存在だ。
“耳寄り所”で“言”を売って小金を稼ぐ以上に、“耳”として認定されれば、高度な教育も生活も保障され、“言”を聞き取れば高額の報酬が支払われる。
“耳”ではなく、“言術士”の試験を受けたのは、なぜか?
イリキの口元に確かな笑みが浮かぶ。
本当に、興味の尽きない子供だ。
まずは、このやっかい事が終わったら、一通り問い詰めない程度に聞きだそう。
そう再び心に決め、改めて己の中に息づく“言”に意識を集中する。
ときに熱く、ときに冷たく。
こんこんと湧き上がってくるような、確かな力の手ごたえ。
大きく息を吸い込み、その“言”を開放する。
「『ミナカミノミコト』!」
姿を示せ。
その身を案じるものの前に、姿を示せと、その“真名”に込めて。