背に腹は代えられない③
そのころ。
コマに置いてきぼりをくらったイリキも、スイシャ村を目指して歩を進めていた。
「足に自信があると言っていただけの事はあるな」
急に急ぎ出したコマの後を追いかけて、かなりのペースでついて行ったのに、あっという間に引き離されてしまった。
年下に負けたことに多少悔しさを感じるものの、徒歩での旅に慣れているという相手と競っても仕方がない。
このままのペースで歩けば確実に途中で力尽きる、と判断したイリキはコマの後姿が見えなくなった所で、自分が歩き続けられる可能な限りの早さにまでペースを落とした。
とはいえ、出来るだけ早くコマと合流するつもりだ。
いくらスイシャ村までの道程が分かりやすく、コマが何度も一人で行ったことがあると言っていたとはいえ、やはり子供を一人で歩かせるのは不安がある。
しかも。
途中で休憩して昼食をとろうと荷物の中をみて、ふと違和感を感じた。
いつもよりも食料が多く入っている。
そういえば、馬車で寝るときに潰してしまわないように、と言ってイリキの鞄に食料を全部移していた。
つまり、コマの分の食料も水もイリキの持つこの荷物の中にある。
ということは、今コマの持ち物の中で食料といえば、シュルのみ。
愕然とした。
あの三度の飯が何よりも好きなあのコマが。
食料と水の確保だけはいつも徹底してるあのコマが。
食事のことを忘れた?
「ありえない」
コマと一緒に旅をするようになってまだ日は浅いが、それがどれだけ異常な事態か理解出来る。
昼食もとらずに、さらにペースを速めてコマを追いかけた。
そのおかげで、日が西に傾いて来た頃には、四方を山で囲まれた平地にでた。
もしかしたら途中でコマを捕まえられるかも、と思っていたのだが、コマの足はイリキの想像以上に鍛えられているらしい。
眼下には、木々の中に紛れるようにひっそりと存在する村。少し離れた場所には赤く枯れたような地面が見える。
コマと村人が話していた、枯れかけているという湖だろうか。
「湖の他に泉もあると言っていたな」
それなら村ではなく、湖の方にコマがいるのは間違いないだろう。
コマと合流すべく湖に向かって歩き出したその時。
わずかに、肌があわ立つような違和感。
感じなれた、しかし無視できない“言”が使われた感覚に、足を止めて周囲の気配を探る。
耳の奥がしびれるような、音にならない音が聞こえてくる。
セイランで聞きなれた“音”にも似た“音”。
目に見えない、しかし確かに存在するものたちがざわめく。
聞き取れないのに感じる取れる“音”に、イリキは眉を寄せて小さく深呼吸をして自分を落ち着かせる。
やがて“音”が消えたあと、イリキはいまだざわめくものの気配を感じながら、額に浮かんだ汗をぬぐって自分がひどく緊張していたことを知った。
(今のは、いったい・・・?)
こんな“音”を聞くのは、セイランを出て以来初めてだ。
いったい何があったのか、と湖のほうに視線を向けたとき。
「『イリキ』!」
後ろから思いっきり後頭部を殴りつけられたような衝撃。
(この声は、コマ?)
なんとか踏みとどまったものの、すぐに、ぐいぐいと背中を強く押されるのを感じて、青ざめた。
「おい、まさか、冗談だろう?」
思わずつぶやいた次の瞬間。
激しい衝撃が背中全体を襲い、文字通り転げ落ちるか足を前に動かすか二つに一つという状況に追い込まれ。
「う、うああああああああっ!!」
人間、結構な急斜面を全力で駆け下りたらどうなるか?
その身を持って体験させられたイリキは、もう悲鳴をあげるしかなかった。