背に腹は代えられない①
コマは口を引き結んで、ただひたすらに足を動かしていた。
始めはイリキがついてこようとしていたけれど、すぐに引き離し、振り切る速さで歩き続けた。
汗が目に入る。
旅装束がぐっしょりとぬれて、肌にまとわりつく。
普段は気にならない荷物が酷く辛く感じ、どんどん足が重くなってくる。
それでも決して足を止めずに先を急ぐ。
目指すは、ただひとつ。
スイシャ村の湖、ミナ湖。
鬼気迫る勢いで歩き続けたおかげか、予定よりもだいぶ早く、昼過ぎには一番の難所である山を登りきった。
あとは下りだけですぐにスイシャ村に着く。
そこで初めて足を止めたコマは、見下ろした光景に、乱れていたはずの呼吸が止まった。
「・・・そんな・・・」
緑に隠れてしまいそうな小さな集落。そこから少し離れた位置に、湖の跡とでもいうべき茶色の地面。
以前なら青々と水を湛え、日の光を緩やかに反射していたというのに。
「どうして、どうしてこんな・・・っ!?」
自分でも驚くような悲鳴に似た声が出て、コマは唇を噛んで、自戒する。
まだ。
まだ、間に合うはず。
だって、ミズハさんは泉が干上がったとは言ってない!
焦る気持ちを無理やり抑えこんで、荷物を持ち直すと、茶色の跡地を目指して一気に坂を駆け下りた。
スイシャ村の中には入らずに、そのまま湖まで転げ落ちるように駆けていくと、足がもつれて、湖のほとりに倒れ込んだ。
呼吸が辛い。
腹筋も肺も足も、もう限界。
でも、休んでいる暇はない。
コマは地面に転がったまま目を閉じて大きく息を吸う。一度息を止め、ゆっくりと吐き出しながら、意識を集中させる。
「『人の身に宿りしものよ』」
声が震えそうになるのを押さえ、体の中から聞こえる激しい心臓の動きと血の流れを意識して“言”を紡ぐ。
「『今はただ静かに眠れ』」
コマの“言”に応えるように、鼓動が次第にゆっくりと落ち着いてくる。無理やり抑えていた呼吸も正常に戻り、体中の疲労が消える。
コマはぱっ、と目を開けると、勢い良く起き上がった。
「よし!これで動ける!」
自分で自分にかけた“言”の効果を感じつつ、コマは内心ため息をついていた。
体中の疲労と負担を一時的に眠らせただけで、結局あとで先ほど以上の疲労と負担に見舞われることになるのはわかっている。
本当は、あまり使いたくない“言”なんだけど。
それでも、今動けることの方が重要だから、仕方ない。
軽く手足を動かして、体がずっしりと重く感じる以外、どこも問題がないことを確認すると、コマは持っていた荷物やマントを木陰に置いておく。
目の前には、ほとんど水がなくなってしまった変わり果てた湖。
「・・・ひどい。どうしてこんな状態に」
湖だった地面に手を当ててみると、まだ少ししっとりと湿っていて、かすかに湖の名残が残っている。けれど、水草はほとんど枯れてしまっていた。
水を湛えているのは、湖の水源になっている泉の周りだけ。
前に来た時も、確かに水位が低くなっていたけれど、今はさらにその10分の1ほどのしかない。ミズハが言っていたとおり、池といっていい水量になってしまっている。
泉はどうなっているんだろう。
ほんの少し高い位置にあるはずの泉は、普段なら湖をぐるっと大きく回り込まなければたどり着けない。けれど、今はそのまま湖を突っ切ることが出来てしまう。
コマは、重い体を引きずるようにして、泉へ向かった。