道程 ④
さりげなく周囲を見回し、ほかに人がいないのを確認して、半歩イリキのほうに近寄る。
「で、セイランの“口”って、ほかにはどんな訓練をしているの?」
山道を踏みしめて確実に先へと進みながら、何気なく聞こえるように、軽く話を振ってみた。
「そうだな、大きく分けて、知・技・心・体の四つを行う」
世間話でもするようにイリキが話しだして、コマは内心ガッツポーズを決める。
よっしゃーっ! このまま講義を始めてもらおう!
にこにこと上機嫌に笑顔を浮かべていると、ちらり、とこちらに視線が飛んできたのを感じた。見上げると、イリキが苦笑を浮かべていた。
「確かに“口”にとって、知識は重要だな。だからこそ私たちも、四つの柱のうち、まずは“知”を鍛える。確認されている“言”を、全て叩き込まれるんだ」
「・・・全て?」
思わず、笑顔が引きつる。
“口”だけでなく“言術士”にとっても“言”をどれだけ知っているかは、そのまま能力につながる。だからこそ、コマもいろいろな“言”を知りたいと思うし、暇を見つけては自分で作ったメモを確認したり、暗記している。
セイランの“口”がどれほど“言”を集めているかはわからないけど、それは膨大な量になるのは間違いないだろう。
それを、全部?
若干青ざめたコマの顔色に気づかないまま、イリキはさらに続ける。
「“言”なくして“口”は成り立たないからな。“口”の土台である“言”を全て叩き込む。一般的に使われているものから、そうでないものまで、セイランの“口”たちが知る全ての“言”を叩き込むんだ。それが出来て初めて、“技”に移る」
叩き込む、がかなり強調されていることも気になりつつ、コマはものすごく、嫌な予感がした。
ということは、もしかして僕も“言”を丸暗記しないと、次の段階に進めないってこと?
コマは思わず遠くを見る目つきになった。
無理だ。
暗記は割りと得意なほうだと思っていたけど、たとえば、一年以内に全ての“言”を丸暗記しろ、といわれても絶対に出来ない自信がある。絶対無理。
セイランの“口”の“技”の訓練方法が知りたかったんだけどなぁ。
テンションが一気に落ちて、しょんぼりと肩を落ちた。
「・・・まぁ、コマはセイランの民ではないし、全ての“言”を教えるわけにはいかないから、“知”は多少飛ばして“技”に入っても大丈夫だろう」
「本当!?」
あまりに落ち込んだのがわかったのか、イリキが声に若干笑いをにじませながら言う。コマはまた一気にテンションが上がって、イリキに体ごと向き直ったところで、気がついた。
「え、あれ? 僕、今僕の話をしてたっけ?」
「気になっていただろう? 丸わかりだよ」
イリキは笑いながら言うと、ただし、とまっすぐにコマと視線を合わせてきた。
「何をするにしても、基礎は大切だ。どの程度“言”を暗記できているのか確認させてもらいたい。その結果次第で“技”を教えよう」
「よろしくお願いします!」
いいね? と続けようとしたイリキに、コマは大きく返事をした。
イリキはちょっと驚いた顔になったあと、すぐに苦笑を浮かべた。
「とりあえず、スイシャでの用事が終わってからだよ。ところで、コマ」
それまで休まずに動かしていた足を止めて、来た道を振り返る。
「あれは、君の知り合いか?」
同じように後ろを振り返ると、遠くから馬が一騎駆けてくるのが見えた。