道程 ③
日が沈み、また昇るまでの宵闇は安息と悪党のための時間だ。
短い時間の中で、一体どれだけの血が流されているのか。
幸いにして、血を流すことなく日の目を見ることが出来て幸運だったとコマは思うのだけど、連れはどうもそうは思っていないらしい。
「疲れが全然取れない・・・・・・」
ぐったりと疲れきっているイリキにコマは、ちょっと申し訳ない気分になる。
スイシャ村のすぐ近くを通る乗り合い馬車に乗ったけれど、馬と荷馬車をつなぐ馬具の一部が壊れて修理に時間がかかり、結局馬車の中で一夜を過ごすことになってしまったのだけど。
イリキは馬車の中で寝ることに慣れていないらしく、座ったままあまり眠ることが出来なかったみたいだ。
コマは寝ようと思えばどこでも寝れるから、爆睡していたわけだけど。起きたら、イリキに思いっきり寄りかかった体勢になっていて、びっくりした。
「すまないな」
目的地について、馬車を降りるときに御者のおじさんに支払いをすると、複雑そうな顔で謝ってきた。
「僕の経験上、順調な旅ってそう続かないんだよね」
旅って波乱万丈なもんでしょ。
「心配しなくても、僕が出した分は後できっちり支払ってもらうから。だから、さっさと歩こうよ」
にやり、とからかうように笑うと、イリキもようやく口元に笑みを浮かべた。
「コマの場合は、現金よりも食事のほうがいいんじゃないか?」
「おいしいものなら、それでもよし!」
元気良く返事をすると、イリキは声をあげて笑った。
馬車を降りた場所からスイシャ村までは、コマの足で休憩を入れても夕方前までにはつける距離だった。
あまり徒歩の移動に慣れていなそうなイリキのことを考えても、夜までには着けるかな、と予想していたんだけど。
いい意味でコマの予想は外れた。
イリキは意外にも、コマの速度についてきた。
コマはこれまでずっと旅をしてきたし、色んな事情で足腰は強い。成人男性にも負けない自信がある足に、移動に全て乗り物を使うようなイリキがついてこれるとは思ってもみなかなった。
「意外と健脚なんだね。とてもそうは見えないのに」
「これでも一応男だからな。子どもに負けてられないだろう」
呼吸は乱れているものの、意地になって無理をしているわけでもなさそうな様子。
意外だ。
「もしかして、何か“言”使った?」
「そんな便利な“言”があるなら教えてくれ。コマの分まで私がかけてやる」
やけくそな感じで言葉を紡ぐものの、それほど辛そうには見えない。
人は見かけによらないってことか。
微妙に失礼なことを考えていると、その気配を感じたのか、イリキがちょっと嫌そうな視線を向けてくる。
「今度一度、ゆっくりと話し合う必要がありそうだな」
「・・・・・・いやぁ、だってさ? 普通“口”って学者タイプがほとんどじゃない。体力なさそうな、あんまりご飯食べてなさそうな」
不穏な空気を察知して、慌てて意味もなく両手を振りながら言い訳する。
実際、コマがこれまで見てきた“口”はほとんどそんな感じだった。
例外はあるけど、体力よりも知力勝負! 健康よりも不健康! みたいな。
「確かにそういうタイプは多いが……。セイランでは身体を鍛えるのも義務なんだ。コマの知り合いもそれなりに鍛えられていただろう?」
言われてみれば、確かに重そうな荷物も軽々と持っていたし、そもそも息が上がったり、疲労を表に出すことはほとんどなかった気がする。
「“歌人”だからだと思ってた。そっか、セイランの“口”は体力もあるんだね」
セイランの“口”は独自の訓練を行っているというから、身体能力の向上も訓練項目の中に入っているのか。
体力のある“口”ってある意味最強かも。
そういえば、知り合いの中に“口”だけで編成された部隊に所属していた元軍人もいるから、実は自分が知らないだけで体力勝負!な“口”もたくさんいるのかも知れない。
自分が知ってる世界なんて、ほんのひとかけら。
知っていることより、知らないことのほうがたくさんある。
僕もまだまだだなぁ。
コマは大きく息を吸い込む。
もっと、いろんなことが知りたい。もっと、いろんなことが出来るようになりたい。
だからこそ、せっかく先生になってくれる人がいるのに、教えてもらわない手はない。
コマはにっこりとイリキに笑いかけた。