聞いてないよ ②
イリキお勧めの宿「トルカネット」は、セイリカ最高級の宿だった。ここ数日泊まった宿でさえ、コマにとってはとんでもなく贅沢な宿だったのだけけど、トルカネットはさらにそのはるか上をいっていた。
周りにはコマたちのような旅姿はなく、何か特別な日の祝いの席なのか、着飾った人があちこちにいて、なんだかちょっと落ちつかない。
なにもこんなに高い宿に泊まらなくても、と場違いな感じに居心地の悪さを感じていたコマだったが、夕食が出された途端、そんな不満を感じていたことをイリキに平謝りに謝りたくなった。
食堂でとった夕食は、セイリカの特産であるカルフという青野菜の一種をすべての料理に使用していて、特に最後に出た「カルフの甘味和え」は、これまで何度もセイリカを訪れていたコマでさえ、食べたことがないものだった。
(まさか、カルフと甘味がこんなに合うなんて!)
感動しながら一口一口慎重に味わっていると、隣に座るイリキが自分の皿から半分取りわけて、コマの皿に移してくれた。
「これを食べさせたかったんだ」
にっこりと笑うイリキに、コマは涙が出そうになった。
イリキと一緒に来て本当によかった!
寝床は入ることさえ躊躇してしまうほどふかふかで、あまりにも心地よくて、すぐに寝る気になれず、遅くまで布団の中でごろごろと転がって感触を楽しんでいたから、今朝はイリキに起こされるまでぐっすりと眠りこんでいた。
朝ご飯も味・量ともに大満足。
コマの食べっぷりを見ていた調理場の人が、特別に余った食材で携帯用の昼ごはんを作ってくれて、こっそりコマとイリキに渡してくれた。
セイリカに入ってから、いいこと尽くしだなぁ。
ホクホク気分で歌を口ずさんでいたら、宿代を支払い終えたイリキとそのそばにいた泊り客の一人が変な顔をしてコマを見ていた。
「……へたくそって自覚はあるから、そんなに見ないでほしい」
ぼそり、とつぶやいた声を拾った二人が、あわてて視線をはずすのをみて浮かれていた気分が一気にしぼんだ。
見ないでって、確かにいったけど、だからってそんなにあからさまに視線をはずさなくったっていいんじゃない?
微妙にへこみながら荷物を持って大通りに出ると、昨日以上に人と馬車でごった返していた。
「すごい人だね」
「ああ、ずいぶんと人が多くなっているな」
人とぶつからないようにイリキに注意されながら中央広場まで足を運ぶと、所狭しと品物が広げられ、あちこちで呼び込みと交渉の声が飛び交っている。
「すごい! こんなに大きな市がセイリカにあったんだ」
広場の入り口で中の様子をきょろきょろ伺っていると、イリキもものめずらしそうに市場の商品を見渡していた。
「以前に見たときよりも規模が大きくなってる。品物も、めずらしいな。西方のものも売られているのか……」
めったにこないセイリカの初めて見る朝市。
これはなんとしても中の様子を見ておきたいコマは、何か考え込んでいる様子のイリキの背を、さりげなく押して中に促した。
「乗り合い馬車はこの広場の向こう側だよね? 見物がてら、通っていこうよ!」
人と物でごった返した市場を突っ切るよりも、遠回りしたほうがいいことはわかっているけど、せっかく来たんだから、この市を見ずしてセイリカを発つことは出来ないでしょう。
考えごとをしている様子のイリキは、コマに押されるまま市場の中へ入っていく。
商魂たくましい独特の活気に満ちた市場は、あちこちから集められたらしい品物が売り買いされ、大きな荷物を持った大人たちや、その間を縫うように走りまわるお使いの子供が大勢いる。
イリキとはぐれないように、人とぶつからないように用心しつつ、それでもイリキもコマも何度も人とぶつかって転びかけたりしながら市を見物した。