選ばれました
「な、なんだ?」
動揺するヴァンを見つめる。
しゃん。
魔人が鈴を鳴らした。
しゃん。しゃん。しゃん。
魔人全てが鈴を鳴らす。
周りがしんと静まり返った。
緊張が走る。
す、と娘が動いた。
しゃん。
娘の鈴が、高く鳴り響いた。
その途端、周りから割れんばかりの拍手が響いた。
「選ばれた!」
「選ばれたぞ!」
「おめでとう!」
わああっ、と拍手喝采がヴァンを取り巻いた。
「まさか、旅人さんが選ばれるとはねえ。」
女主人も喜びながらヴァンの肩を叩いた。
「行っておいで。あんたに星の加護を。」
「え、ちょっと待って―」
にこ、とロアもはしゃぎながら手を振った。
「羨ましいです! 行ってらっしゃいませ、ヴァン様!」
「ま、待ってくれよ。」
娘がヴァンの手を取った。抗えず、そのまま前に歩き出した。
魔人たちが祝福するように鈴がしゃんしゃんと鳴る。
娘がしゃん、と一つ鳴らした。
その瞬間、ヴァンの体が緑色の光で包まれた。
ふわりと体が浮かぶ。
「おわっ。」
「大丈夫。楽にしてください。」
優しい声が隣からした。
見れば、娘が優しく微笑みながらヴァンの手を握っている。
「怖くありませんよ。大丈夫です。」
「あ・・・はあ。」
もう人の身長の二倍くらいに飛び上がっていた。
「あなたはこの町の方ではありませんね?」
「あ、はい。俺は旅人です。」
くす、と娘が可愛らしく笑った。
「旅人さんが選ばれるなんて珍しいですね。」
「そうなんですか?」
「ええ。この町のお祭りはご存知?」
「はい。先ほど、宿屋の奥様から聞きました。」
「そうですか。あ、笑いながら手を振っていただいてもよろしいですか?」
にこ、と笑いながら町の人に手を振る。それにならってヴァンも手を振った。
「お名前は?」
「ヴァン・ガンダルヴァです。星の姫君のお名前は?」
くす、と優雅に娘は笑った。
「シルキーです。」
手を振りながら、ヴァンも微笑んだ。
「この町は美しいですね。この祭りもとても美しい。そして、あなたも。」
「まあ。ヴァンさんはお口がお上手ですね。」
「いいえ、俺は嘘はつけないのです。」
シルキーは笑ったが、緑の光の中でもそうとわかるほど、頬が赤くなっていた。
「そういえばシルキーさん。お聞きしたいことが。」
「はい、なんでしょうか?」
「どうしてあの人々の中で俺を選んでくれたのですか?」
「ああ、それはですね。私一人が選ぶのではなく、下にいる魔人族の人たち―星を飛ばす集団を星団と呼ぶのですが―彼らと共に決めるというのはご存知ですか?」
「ああ、確か打ち合わせも無く決めるのだと聞きました。」
「その通りです。でも、無くは無いのですよ。」
シルキーはくるりと一回転をして見せた。
「事前にどういった人にするか少し話し合うんです。今回は、本当は幼い子どもにしようと話していました。」
「幼い子どもに?」
「ええ。でも、全員が全員あなたを選びました。あなたに皆、惹きつけられました。あなたは、その・・・」
さらに頬を赤らめ、照れ隠しをするように手を振った。
「あなたは、とても美しかったから。」
「俺が、ですか?」
「はい。全員が、あなたの美しさに見惚れていました。思わず、祭りを忘れてしまうくらい。」
「いえ、そんな。」
「あなたが女性であったなら、まず間違いなく星役に選ばれていましたよ。」
「まさか。それは無いでしょう。」
ふふ、と笑った後、優しく娘を見つめた。
「あなたの方が遥かに美しい。星よりもずっと。」
「・・・本当に、お上手な方ですね。」
耳まで顔を赤くした娘は、ふと笑顔のまま黙り込んだ。
「シルキーさん?」
「いえ、その・・・」
言いにくそうに口元に手をあて、思案している。
「どうされました?」
「あの・・・ヴァンさん。この『星選び』の別の意味を、ご存知ですか?」
「別の意味、ですか? いいえ、聞いてないですね。」
「これは、もうすでに廃れた風習なのですが・・・」
娘の手がかすかに震えている。
「どうされました? 気分でも優れないのですか?」
「いえ、違うのです。」
勇気を振り絞るように深く息を吐いた。
「この『星選び』にはですね、選ばれた者に星の加護を与えるという意味と共にですね・・・その、結婚相手選びが暗に意味されているのです。」
「結婚相手、ですか?」
「はい。もちろん、今はもう無いですよ。ですが・・・」
顔を赤らめながら、じっとヴァンを見つめた。
「今でも、この『星選び』によって結ばれる男女は無くはないのです。昔、私の母が星役を担った時、選ばれたのが、初対面の父でした。」
何が言いたいのかやっとわかり、ヴァンは目を丸くした。
「あの、ヴァンさんは旅の身だとわかっています。ですが、もしも、その・・・ヴァンさんさえ良ければ、私と―」
その時だった。
祭りの一番最初に回る、村の入り口。
そこから、劈くような悲鳴が聞こえた。