過去と現在
細身の体なのに筋肉がしっかりとついた、ごつごつした男の体がそこにあった。
「五年も経つのにまだ慣れないのか?」
くっくと笑う。その腹部には、深々と大きな傷が残されていた。
「そ、それでも、姫様の体は姫様の体です。やはり私は外に出てます。」
「いいよ、堅苦しい。それに俺だってもう、慣れたさ。」
その言葉の響きが悲しくて、ロアも肩を落とした。
「・・・もう、五年も経つのですね。」
「ああ。早いもんだ。」
俯いていたロアが、恐る恐る顔をあげた。
「あのう、姫様。」
「また言いやがったな。」
殴ろうとしたその手を、力なく落とした。
「まあ、二人の時はいいか・・・」
「それなんですが、姫様・・・」
殴られるのを覚悟で、ロアが強い目でヴァンを見た。
「二人の時くらいは、姫様にお戻りになりませんか?」
ぴく、とヴァンの鼻が動いた。
「どういう意味だ?」
「あなた様は、姫様です。」
ぐ、と拳を握って言った。
「だから、二人の時くらい、我慢なさらないでください。姫様はいつも、私たちのことを考えて、我慢なさいます。ですが、今くらい・・・」
涙目になるロアに、優しく笑いかけた。
「お前にはいつも、苦労をかけるな。」
「姫様・・・」
穏やかに、ゆるゆると首を振った。
「でも、それは出来ない。もしここで戻ったら、くじけてしまいそうな気がするんだ。それに俺は、このままでも良いと思ってるよ。」
「な、何を!?」
「俺は『ヴァン』であることを気に入ってるよ。あの男さえ倒せれば、俺はこのまま『ヴァン』であってもいいと思ってる。だから、姫様とはもう呼ぶな。」
「いいえ・・・ダメです。だって、姫様は、姫様・・・」
ぐす、と涙を堪え、鼻を啜った。
「そう。俺は俺だ。それは変わらないんだよ。」
そう言ってロアの頭を優しく撫ぜた。
「ありがとう、ロア。」
一瞬、かつての姫の姿が見えた気がして、ロアはまた声を上げて泣いた。
「しょーがねえなあ、お前は。昔っから泣き虫なんだからよ。」
はい、と布を顔に押し当てた。両手で受け取り、ぐりぐりと顔を埋める。
ヴァンは新しい服に着替え、ごろりと横になった。
「そういや、あの男の情報は入らねえなあ。」
やっと布から顔を離したロアが、赤い鼻を啜りながら言った。
「そうですね・・・まさか、同じ名前を使っているとは思えませんし・・・」
「・・・あの時も、偽名、だったんだろうな。」
「・・・どうでしょうか・・・」
重い沈黙が二人を包む。
それに耐え切れなくなり、ヴァンは背中を向けた。
「悪い、寝る。もう眠い。」
「・・・はい。私も、休ませていただきます。」
ぺこりとお辞儀をし、ロアも自分のベッドに潜り込んだ。
「何時くらいにご起床なさいますか?」
「ん・・・まあ、自由でいいよ。お前、先に起きて腹が減ってたら、先に食べてていいからな。外にも食事行ってもいいから。」
「承知しました。」
「じゃ、おやすみ。」
「はい。おやすみなさいませ。」
もう一度頭を下げ、ロアはベッドの中で丸くなった。
ヴァンは深くため息をつくと、そっと目を閉じた。