海色と赤髪
丘の上に寝転がり、ぼんやりと空を眺めながらあくびを一つした。
青年はごろりと横向きになると、そのまま間を置かずに寝息を立て始めた。
ぐるるると腹がなっているのにも関わらず寝入るところは、この青年のお気楽さを表しているのかもしれない。
こう見えて、もう三日も何も口にしていないのだ。
と、風の音に混じり、どこからか音が聞こえてきた。
可愛らしい、鈴の鳴るような音。
いや、声だろうか。
同時に、とたとたと軽い足音が聞こえる。
「―――」
だいぶ近くなってきたようで、しかしそれでも言葉は聞き取れない。
青年はぴくりとも反応しない。
「――さまぁー。」
足早に声が近づく。
小高い丘を駆け上がり、声の主が見えてきた。
まだ幼い面差しを残した、可愛らしい少年。十ほどだろうか。立ち上がった薄く赤い髪がさらさらと揺れる。大きな瞳は少々垂れ気味で、それがさらに大人しそうな印象を与える。
慌てて駆けてきたのだろう、息が相当上がっていた。
「ひ、ひめっ、姫様ぁー。」
ひいひい言いながら青年の下に辿りついた瞬間、寝ていたはずの青年の腕が少年の頭をはたいた。
「あだっ!」
「ったく・・・姫様はやめろっつったろ。」
むくりと起き上がった青年は、はっとするほど美しかった。
後ろで束ねた漆黒の髪は、美しくなびいている。猫目の大きな瞳は目の覚めるような青い色をしていた。まるで海の色のようである。上品で端正な顔をしかめさせ、少年を再び小突いた。
「もっ、申し訳ありませんっ。」
「あとその言葉遣いやめろって。」
美しいその声は、まだ幼い少年のように高く澄んでいた。
立ち上がったその青年は意外と背が低かった。少年と比べてもやはり小さめに感じる。それだからだろうか、よりいっそう女性らしさが覗える。
「んで? どうした、ロア?」
はい、と少年、ロアがどこかを指差して笑った。
「ヴァン様! 食料がもらえそうです!」
「お、やったな! どこでだ?」
指差した方を見ると、そこには、集団で人間たちが集まっていた。
「あそこに、大勢の人間が集まっていました。食料を分けてもらえるかもしれません。」
よく見れば、一つの馬車を中心に集団が集まっている。耳を澄ませば馬の切ない嘶きが聞こえた。
どう見ても、襲われているように見える。
「お、ありゃ盗賊どもだな。お手柄お手柄。行くぜ、ロア!」
「お供します、ひめ・・・ヴァン様!」
凄まじい速さで丘を下り降り、その集団に向けて走り続けた。
「ロア、あいつら、ちょっと脅かしてやんな。」
ぎょっとしてヴァンの顔を見た。
「え、いいのですか。食料分けてもらえなくなりませんか?」
にやりと意地悪く笑う。
「いいのいいの。あいつらは悪い奴らだ。だからそいつらから食料奪っても俺らは悪くないんだよ。」
「なるほど、さすが姫様!」
「もっかい殴られたいのか?」
「あっ。す、すいません~」
はっとして、慌てて謝りながらスピードを上げた。
「では、行きます!」
ひゅ、と鋭く呼気を吐き、力を両手に溜め始めた。