護り屋と雷鳴
まだ事情を知らない奥の町民たちは、シルキーと飛んでいるはずのヴァンが走ってくるのを見て、慌てて止めた。
「ちょっと! なんであんたがここにいるんだ! 祭りは?」
「それどころじゃねえ! 魔物が来た!」
ざわ、と辺りがざわめいた。
「な、なんだって!?」
「大型だ、早く避難しとけ! あと、逃げながらでいいから皆にも知らせてくれ!」
「わ、わかった!」
男たちは慌てて女子どもや老人たちを連れて建物に入った。
辺りは混乱で人の波が収まらない。そこを掻き分けながら、ヴァンは叫んだ。
「ロア! 行くぞ! 何処だ、ロア!」
何処を見てもロアの姿は無い。元々ロアは背が小さいので、余計に見つけにくかった。
「あ、あんた! こっちだよ!」
その声がするほうを見れば、宿屋の女主人がヴァンに手招きしていた。
人を押し分けてなんとかたどり着く時には、少し息が切れていた。
「ロ、ロアは!?」
「もうとっくに避難してるよ。あんたも早く!」
「いや、俺はいいんです。ロアは中なんですね?」
頷くより早く、宿屋の窓に向かって声を張り上げた。
「ロア! 早く来い! 行くぞ!」
「ちょっと、出て行くより建物の中に入ったほうが安心だよ。ここはそこらの魔物が突進したくらいじゃ壊れはしないんだから。」
「いえ、俺らは逃げるわけにはいきません。」
汗だくになりながら、にこ、とヴァンは笑った。
「心配しないでください。奥様は早く、中へ。」
「いや、あんたを置いていくわけにはいかないんだよ。」
「いいえ、大丈夫です。」
「いいから来な!」
無理にでも宿屋に入れられそうになったときだった。
ばん、と二階の窓が勢いよく開いた。
中から、同じくらい汗だくになりながらロアが叫んだ。
「お待たせしました、ヴァン様!」
「遅ぇんだよ、ロア!」
ロアは今にも旅立てそうな服に着替えていた。
「今参ります!」
そう言うが早いか、ロアは窓枠に足をかけた。
「何してんだい、危ないよ!」
「ご心配なく!」
そう叫び、ロアは窓枠を蹴った。
あ、と女主人が叫んだ。と同時に、音も無くロアは地面に降り立った。
何のダメージも受けず、ロアはヴァンに走り寄ってきた。
「これ、ヴァン様のお召し物です。」
「いらねえ。着替えてる時間は無えからな。武器だけでいい。」
「しかし―」
「俺が雑魚にやられるかってんだよ。わかってんだろ?」
ヴァンは二つの剣が刺さったホルダーを背中に背負った。慌てて、ロアは残りの荷物を袋に放り込む。
女主人が目を丸くして二人を見比べた。
「あ、あんたたち、何者なんだい・・・?」
二人で顔を見合わせ、くすりと笑った。
「俺の名はヴァン・ガンダルヴァ。『護り屋』ヴァンと、呼ばれています。」
「私はヴァン様付き人、ロア・ルシェイド。『雷鳴』ロアと呼ばれております。」
女主人が驚くより早く、二人は咆哮の主へと走り出した。
「何してたんだよ、ロア?」
凄まじい速さで走りながら、ヴァンは鼻を鳴らした。
「申し訳ありません。旅支度をしておりました。」
「お前がいないと早く魔物を探知出来ないんだからよ。しっかりしてくれよな。」
「申し訳ありません・・・」
「まあ、今は敵を倒すことに集中、だな。」
「はいです、ヴァン様。」
人々をかいくぐりながら、にやりとヴァンは笑った。
「んで? いつから気づいてたんだ? 魔物。」
「ヴァン様が星役の方とお飛びになられてからすぐです。」
「じゃあ俺が星の姫君を口説いてる間にもう探知してたってわけだ。」
「く、くどっ!?」
ぎょっとして思わずヴァンを見上げた。
くっく、とヴァンは楽しそうに笑った。
「いやあ、あまりにも美しい姫だったもんだからさ。」
「ひっ、姫様!? お戯れにも限度がございます!」
ロアが顔を真っ赤にしながら怒った。
「怒るな怒るな。言ったろ? 今は敵に集中ってな。」
むうっと口を尖らせ、ロアはぼそりと言った。
「ひめ・・・ヴァン様。後でお話しが。」
「ああ。まあ、後でだな。――いるぞ。」
はっとしてロアが顔を上げた。目を細くし、前方を伺う。
「近いですね。」
「ああ。村の中にはまだ入ってないな。」
村の入り口では、すでに皆、建物に避難していた。
誰もいないということが不審に感じているのか、魔物は息を潜めている。
「正確な位置は?」
「はい、ただいま。」
す、とロアの目が細まり、森の茂みを見つめた。
何かを数えるようにぼそぼそと呟いている。
ヴァンは双剣をすらりと取り出した。
その時だった。