「震災節目の日」の意義 ~普段伝えられない感謝を伝えよう~
筆者:
今回は1月1日(能登大震災)、3月11日(東日本大震災)、9月1日(関東大震災)など節目の日にどのような事を考えたら良いのかについて個人的な意見を述べていこうと思います。
質問者:
筆者:
特に26年3月11日で15年を迎える東日本大震災は津波や原発事故と言った地震から起きた副次的な問題も大きな影響を及ぼしました。
地震が収まったなら、すぐさま海岸線から離れる必要があることや、放射線物質の危険性、電力源のこれからのありかたなど大きな教訓をこの一件から得ることが出来ました。
また、この日を迎えるたびに備蓄品の備えの確認や避難経路の確認など防災意識も非常に高まっていることだと思います。
避難経路を実際に歩いたことがある人というのは2割にとどまるというデータもあるのでこの日を機に歩いてみられるのも良いのかもしれません。
質問者:
津波で建物などが流された映像は衝撃的でした……今でも揺れを感じるたびにトラウマを感じる方がいらっしゃるようなので、近年稀にみる地震でしたよね。
確かにこういった記憶に残る震災の日でも迎えない限りそういったことを確認する機会って無いですからね……。
筆者:
「喉元過ぎれば熱さを忘れる」という状況が非常に恐ろしいことだと思います。
今は地震が発生する可能性が高い期間の注意情報などがありますけど、そんな前触れの地震も無く突然大震災が来ることの方が圧倒的に多いわけです。
こういった節目の日に防災用品の点検や意識を高めることは大きく意義があることだと思っています。
質問者:
筆者:
初動対応についてそのイメージが強いですけど、最新の防災学の観点では「何かの下に隠れる」という考え方は否定されています。
むしろ何かの下に隠れた場合は上から降ってきて潰された場合そこから脱出できないリスクがあることが指摘されています。
現状の正解としては「頑丈な三角形が生れるゾーン」に避難することです。室内であれば柱の近くであり、
寝ているときであればベッドの真横に移動することです。
また態勢としては寝転ぶと物が上から降ってくると内臓が破裂してしまうために、
すぐに逃げ出せるように片足を付いてしゃがむポーズであると良いとされています。
◇人は突然死ぬ――感謝を伝えよう
質問者:
なるほど意外にも机の下って駄目なんですね……。
直下型地震に遭遇してしまえば100%生存するということは無いでしょうけど、少しでも生存確率が上がる方法を取りたいですね。
筆者:
ここからは「震災の日」に対してマインド的な行動を提言したいと思います。
身近な大事な方に突然先立たれてしまった場合に一番後悔することってどのようなことだと思いますか?
質問者:
筆者:
燦ホールディングス株式会社の26年2月4日の調査発表によりますと66.4%が「生きている間に伝えられなかった言葉がある」と回答し、その中で56.4%が「ありがとう」と感謝の言葉を伝えたかったというものがあります。
意外と身近な人や遠く離れている大切な家族(親や親戚)に対して感謝の言葉を伝えられる機会が乏しいのではないかと思います。
何せ、恥ずかしいですし。今更……みたいな感じもあると思うからです。
そういう感謝の気持ちを伝えるという意味でもこういった「節目の日」というのは非常に貴重なものなのかなと思います。
質問者:
確かにバレンタインデーやホワイトデーなど好きな人に対して気持ちを伝える日ってありますけど、
感謝を伝える日は父の日や母の日などですかね。
でも、それ以外の日に伝える機会がいくら増えても問題は無いですからね。
こういう誰もが神妙な気持ちになっている日こそ活用するべきなのかもしれませんね……。
筆者:
それこそいつ大震災があるかも分かりませんし、
最近の世界情勢を勘案するといつどこで迎撃できないミサイルが降ってきても不思議ではない様相だと僕は思っています。
そうでなくても突然末期の病気になったり交通事故に遭遇するかもしれません。
「昨日と同じ平穏な明日が当たり前に来る」とは思わないことが重要だと思います。
普通に朝を迎えられて、大切な人が生きている――素朴で身近過ぎることではありますが、実はとても大切なことだと僕は考えています。
質問者:
筆者:
感謝の言葉を述べることはそういった小さな幸せを具現化することだと思っています。
1日1日を大切に生きつつ、大事な人には感謝を言う機会になれば良いなと僕は思いますね。
皆さんも、育ててくれてありがとう。一緒にいてくれてありがとう。生まれてくれてありがとう。など感謝の言葉を伝える機会にしてみませんか?
(エッセイを見ていただいているだけで本当にありがとうございます)




