婚約破棄された私から、お幸せに(笑)
「君は僕の婚約者になれて運がいいね」
大好きな領主様に、私が与えた幸運だけど、二人はずっと一緒なんだもの、あなたのものよ。
幸運に少し調子に乗っている領主様も大好きよ。
——ずっとずっと大好きだった婚約者に婚約破棄されてしまいました。
前世ではお目にかかった事のないような、それはそれは素敵な領主様で、婚約してからは夢のような日々でした。
領主様は素敵なだけじゃなく、雇った方々がとんでもない有能人材に化けたり、開発した土地から貴重な鉱物が取れたり、幸運でどんどん富んでいきました。
婚約者の私は、幸運がなくなった時にどうなるのかを考えたら少し怖いけど、ずっと愛されるはずと思い込んでいた。
まさか、妹も彼を好きになっていて、隠れて会っていたなんて……。
「君のようなつまらない女より、妹の方が何倍も素敵だ。君とは婚約破棄して、妹と結婚する!」
領主様が私に、嫌悪を含んだ視線を向けて言う。
歪んだ口元で歯を噛みしめて私を見つ領主様には、優しかった面影は全くない。
この世界でも、そういう裏工作が有効だと知らなかったのは私の落ち度でしょう。
前世でもそうでした。
真っ直ぐに生きていたら、出し抜かれる。
私もズルくならなきゃいけない。
領主様の腕に抱きついて妹が勝ち誇ったような目で私を一瞥した時に、そう思いました。
「領主様は運が良いんだもの。婚約者だって良い方を手に入れるのよ」
自分がアタリで、私がハズレだと妹が言う。
絡み付けた妹の手は執拗に領主様を撫でて、領主様が答えるように、反対の自分の手を重ねている。
獲物をいたぶるように見せつけられて、二人の親密さが、言葉以上に胸に迫ってくる。
吐き気がした。
ズルく人を出し抜いて、醜い姿を晒して勝ち誇る。
もう、そういうのは疲れました。
真っ直ぐにしか生きられない私は、人里離れた所で静かに暮らしたい。
自給自足のスローライフを満喫します。
結婚して幸せそうな妹と領主様は、どうか、いつまでもお幸せに!
ちょっとだけ悲劇のヒロイン気分で、新生活をはじめます。
◇
「こんな所に、何で君のような若い女性がいるんだ!?」
畑仕事をしていると、見知らぬ男が通りかかります。
近隣の住民の山歩きにしては装備が多く、伸び切った髪と鋭い目つきから、普通の村人でない事はすぐに分かりました。
「危ないから、街に戻った方がいい」
「見かけによらずご親切にどうも。貴方以外にここを通る人なんていませんから、ご心配なく」
私は男を見ずに冷たく言う。
「ふ……それもそうだな。君なら心配いらないだろう」
と、男は何度か振り返って、そのまま去って行きました。
人と話したのは三ヶ月ぶりです。
あっという間の三ヶ月で、生活の基盤を整えるためにとても充実した日々でした。
すっかり忘れていましたが、妹と領主様はお幸せにやっているのでしょうか?
心配です。
私は領主様と妹には、本当に本当に幸せになって欲しいと思っているんです。
だって、私が領主様を好きでなくなってしまったから、領主様の幸運はなくなってしまいました。
転生者に神様からプレゼントされた能力は『好きになった人に自分の幸運を分け与える』というもの。
まさか、領主様がずっと幸運だったのは、私の幸運のせい“だけ”じゃないと思うけど……。
もし、幸運がなくなって私を追い出したことを後悔しているなら可哀想だもの。
畑の中で、私の大好きなジャガイモが幸運な陽の光に照らされてスクスクと育っているのを見ながら、かつて好きだったあの人の事を思い出します。
◇
ある日、またあの男が通りかかります。
「まだ、いたのか!」
私を見て驚きます。
「会えるとは思っていたけどね」
ニヤッと笑う男に、何ヶ月ぶりかに心が動きます。
男の髪と服が前より整っていて、以前のように畑を荒らす害獣と同じに扱うのは少し失礼な気がします。
私は定住するのでここにはずっといますが、この人こそ定期的にこんな所を通るつもりなの?
……何者でしょうか。
「君のことは、気になってはいたんだ。元気で良かった。それより君にとっては、面白い話がある」
私を調べたと言うことは、ただ山奥に住んでるだけのおかしな女と思っているわけじゃないのね。
男の目は優しいけど、少しだけ心が冷えた。
男は領主様の話をしてくれました。
有能な人材が揃っていたと思ったら、資産を持ち逃げされて、貴重な鉱物が取れていた炭鉱から汚染された水が溢れ出し、領地は壊滅状態…。
さすがに、そこまでの制裁があるとは思っていませんでした。
全てが私の幸運だったの?
ただ、好きになっただけなのに。
「一時の幸運に胡座をかいて、領地の運営を疎かにした罰だな」
男が言いますけど、
「それは……、領主様を買い被りすぎです。幸運で延命できていたに過ぎません」
思いのほか、冷たい言い方に、まだ自分の中に領主様への熱が残っていたことに驚く。
無能な男に対する冷たい軽蔑の熱だけど。
「ほお、あの男への、正確な見方だな」
感心したように目を丸くする目の前の男の視線に、少し後ろめたくなる。
私の罪でもある。
また領主様を好きになれば幸運が戻って延命できるの?
今更、領主様をジャガイモより好きになれる気はしないけど……。
◇
「行ってどうするんだ?」
領主様の所に行こうと準備を整えて小屋を出た私に男が笑いながら言います。
「もちろん、領主様と妹に水を届けに行くんです」
妹は、私の幸せを奪ったつもりで、こんなはずなかったと嘆いてるはず……。
無能領主を一時的とは言え、いい男のように見せてしまったのは私の責任です。
今となっては、消したい……、妹ごと消えていい汚点。
私の持っていく山の“特別”綺麗な水は飲んでくれるかしら?
私の思い詰めた様子から男は水の正体を察したらしい。
「そこまでして領民を助けたいなら俺と来てくれ」
男は相変わらず笑っている。
私を値踏みするような目は落ち着かない。
「? 何故、あなたと行くことが領民を助ける事になるんですか?」
あの二人が消せるならいいけど。
男は隣国の騎士団長で、領地を攻める計画を立てていたと言う。
「君は街では行方知れずって事になっていたが、こんな所に隠れ住んでいたとはね」
堂々と住んでいますが?
「君のような高潔な人が、領主の妻であったら私たちが付け入る隙もなく領民も幸せに暮らせただろう」
笑っていた男の目が真剣になって私を捉えた。
私と領民を憐れんでいるの?
そうね、私がいれば幸運が続いたもの。
でも、過ぎたものを与えて壊してしまう私は、二人のこと以外は考えられない。
今は、領主様の幸運がなくなって、たまたま私と会った男が領地を攻める騎士団長?
偶然にしては出来すぎている。
領主様に預けていた幸運が私に戻ってきている。
「汚染された水は、この川を堰き止めれば領地には入って来ない。一時凌ぎだが、すぐにでもやらなければ」
切実な焦りが声から分かる。
話を聞くたびに無能領主より、幸運が連れてきたこの人に任せた方が領民は安泰だと思えた。
それで二人が消せるなら、教えてあげない理由がない。
領主様の元婚約者だから知っていた、領主館の隠し通路を……。
騎士様が笑うのが見えた。
あなたは利用する為に私に近付いたんでしょう。
でも、私の方が切実にあなたを必要としていたの。
あの二人を消すための道具を。
私も笑みが溢れたわ。
◇
隠し通路の先では、落ちぶれた領主様と妹が、それでも虚勢を張って座っていた。
私の顔を見て見せた絶望の表情にゾクっとする。
これが、私が与えた幸運が剥がれ落ちた、あなたたちの本当の姿なんだ。
せっかくの“特別”なお水を飲んではくれない。
当然だとは思うけど、その程度の知能はあるのね。
使い所を間違えているのが残念ね。
領主様と妹はこの地を追われることになった。
「なんて奴だ! 僕が温情で山で暮らす事を許してやったのに!」
私の顔を見て領主様はあからさまに嫌な顔をする。
婚約していた時は、会ってすぐにその表情が見えて、次に柔らかい笑顔に変わる。
最初から、領主様が私に向ける気持ちは変わっていない。
そして、私がずっと好きだったのも、この醜い男だったんだわ。
「姉様! 領主様にこっ酷くフラれたからって、こんな仕打ちするなんてあんまりよ!」
妹は悲劇のヒロインが私よりも板についてる。
震える指先が、奪っていった打算的で醜い意思なんて微塵もなかったかのように可憐に揺れる。
「隣国の騎士団と通じるなど、お前のような女を選ばなくて良かった」
領主様の歪み切った顔が、私の本性を全て映し出していると言っているようだ。
彼は、自分で作り出した醜い私を、憐れんで見下して吐き捨てる。
ゴミにでもなった気分。
ゾッとするほどに自分たちに都合のいいことばかり。
山奥で畑を作りながら、私は本当にあなた達の幸せを願っていたのよ。
私を追い出したことを後悔しているかもなんて、私はなんて可愛いことを思っていたの。
でも、その言葉が聞けて、追放される二人に最後に会えて良かったわ。
ジャガイモほどの興味も持てないと思っていたけど、やっぱり領主様は私の永遠の汚点。
追放くらいじゃまだ足りない。
あなたたちの顔を、さっきよりももっと深い絶望に歪ませたい。
想像するだけでゾクゾクする。
この快感をくれるあなたを、私はまだ、大好きなのよ。
仲のいい二人の後ろ姿を見送る。
どうか、お幸せに(笑)
いつか、私に好きな人が出来るまでは、幸運を。
私の幸運に生かされる、領地を失った何も持たない無能なあなたたちが、本当に全てを失った時にどうなるのか……楽しみだわ。
幸運のメッキが剥がれた醜いあなたを好きになるなんて、私だけだったのに。
あなたが自分で呪いに変えてしまった。
◇
騎士様と食べるジャガイモが美味しい。
静かに涙が溢れた。
「まだ、領主たちを思って涙を流せる、君は清らかな心を持っているんだな」
清らかではないけれど……。
騎士様が何かを取り出す。
「これは俺が、……さっき山道で拾った指輪だ。良ければ君が貰ってくれ」
まさか、貴方にもう幸運が……?
視線を向けずに言う騎士様は、指先までほんのり赤い。
指輪を受け取る時に触れた熱が私のもののように熱い。
指輪は、傷ひとつなく新しい。
私は微笑む。
私への指輪を買わなければいけないなんて、騎士様は運がない人ね。
私の微笑みを勘違いしてる騎士様。
大きなあなたの身体に包まれて、体温と鼓動を感じている時間はとても幸せ。
でも、あなたはまだ私の二番目みたい。
あなたの肩越しに見える空の下に領主様がいて、幸運に包まれている。
絶望を教えてあげる日を思うと私の冷たくなっていた心が熱くなる。
風が私と騎士様をなでる。
「もっと私を温めてください」
身体に熱をくれる騎士様と、心に熱をくれる——
私が好きな、あの人。
まだ、あともう少しだけは——
絶望の瞬間を想像する楽しみを私に下さい。




