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期待しない恋なら、傷つかないと思ってた  作者: 篠宮しずく


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第5話 忘れたふりをしていただけ

 それは、仕事中だった。


 昼休み明け、メールを確認していたとき、

 画面の隅に表示された通知に、指が止まった。


 佐伯 恒一


 一瞬、誰だか分からなかった。

 分からないふりをした、と言った方が正しい。


 元恋人。

 名前を見ただけで、胸の奥が鈍く痛む相手。


『久しぶり。元気?

 急にごめん。少し話せたらと思って』


 それだけの文面。

 絵文字も、余計な言葉もない。


 なのに、息が詰まった。


 ——今さら、何?


 返信する理由なんて、どこにもない。

 そう分かっているのに、画面から目を離せない。


 佐伯は、私より二つ上。

 付き合っていたのは、三十になる直前だった。


 結婚の話を、何度もした。

 そのたびに彼は言った。


「もう少し落ち着いたら」

「今は仕事が忙しいから」


 期待する私が悪いみたいに。


 最終的に、別れを切り出したのは私だった。

 “待つ女”になるのが、怖くなったから。


 でも本当は、

 選ばれなかっただけだ。


 スマホを伏せて、深呼吸する。


 もう終わった話。

 私は前に進んでいる。


 ——進んでいる、はず。


 その日の夜。

 いつものカフェに入ると、結城がいた。


 視界に入った瞬間、

 なぜか、ほっとしてしまう自分がいる。


「こんばんは」


「こんばんは」


 いつもと同じ。

 なのに、心臓の音がうるさい。


「今日は、静かですね」


 結城が言う。


「そう?」


「いつもより、考え事してる顔です」


 見抜かれている。

 それが、少しだけ怖い。


「昔のこと、思い出してただけ」


 嘘ではない。

 でも、全部でもない。


 結城は、それ以上聞かなかった。

 代わりに、コーヒーを一口飲んでから言った。


「……過去って、厄介ですよね」


「結城くんも?」


「たまに」


 “たまに”という言葉に、

 無理をしていない感じがして、胸が締めつけられる。


 私は、たまにじゃない。

 忘れたふりをしていただけだ。


 帰り道、スマホが震えた。


 佐伯から、再びメッセージ。


『急ぎじゃないから。

 でも、会って話せたら嬉しい』


 嬉しい。


 その言葉が、ひどくずるく感じた。


 嬉しかったことなんて、ない。

 ずっと、不安だっただけなのに。


 電車の中で、窓に映る自分を見る。


 私は今、

 誰かとちゃんと向き合っているだろうか。


 結城との関係は、

 心地いい。

 でも、それは“逃げ場”じゃないか。


 佐伯からの連絡は、

 過去を思い出させるためじゃない。


 ——私が、どこにも決めていないことを、暴くためだ。


 家に着いて、しばらく考えたあと、

 私は短く返信した。


『少しだけなら』


 送信ボタンを押した瞬間、

 胸の奥に、冷たいものが落ちた。


 その夜、結城からメッセージが届いた。


『今日は、少し元気なさそうでしたね。

 無理しないでください』


 画面を見つめながら、思う。


 この人は、

 私の過去を知らない。


 だから、優しい。

 だから、期待されない。


 ——でも、それでいいの?


 布団に入っても、眠れなかった。


 過去と、今。

 どちらも手放さないまま、

 私は立ち止まっている。


 この選択が、

 何を壊してしまうのかも分からないまま。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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