第4話 近づくほど、言えなくなる
最近、カフェに行く頻度が増えていた。
自分でも分かっている。
仕事が忙しいからでも、家にいたくないからでもない。
——結城が、いるからだ。
それでも私は、それを認めない。
認めた瞬間、何かが変わってしまう気がするから。
「こんばんは」
「こんばんは」
挨拶は、相変わらずそれだけ。
でも、座る席は自然と隣になった。
それが“当たり前”になっていることが、少し怖い。
「今日は、疲れてます?」
結城が、私のカップを見て言った。
「顔に出てる?」
「ちょっと」
「……そっか」
誰かに“ちょっと”を見抜かれるのは、久しぶりだった。
私は、疲れているときほど、元気なふりをする。
それが、大人のマナーだと思ってきた。
「無理しなくていいですよ」
また、その言葉。
優しいけれど、踏み込まない距離。
思わず、聞いてしまった。
「結城くんは」
名前を呼ぶと、彼が少しだけ驚いた顔をする。
「はい」
「どうして、恋人を作らないの?」
聞いた瞬間、後悔した。
答えを聞きたいわけじゃない。
ただ、自分がどこにいるのか知りたかった。
「……特に理由はないです」
少し考えてから、結城は言った。
「必要だと思ったことが、あまりなくて」
その言葉が、胸に引っかかる。
——必要じゃない。
私も、同じことを言ってきた。
でもそれは、本音じゃなかった。
「篠宮さんは?」
返される質問。
「私は……」
一瞬、言葉に詰まる。
“作らない”のか
“作れない”のか
その違いを、説明する自信がない。
「今は、いいかなって」
結局、無難な答えを選んだ。
「そうですか」
結城は、それ以上踏み込まない。
その優しさが、少しだけ残酷だった。
帰り道、雨が降り始めていた。
「傘、持ってます?」
「……忘れました」
結城は、自分の傘を差し出す。
「駅まで、使ってください」
「結城くんは?」
「走るので」
そう言って笑う。
私は、断れなかった。
肩が、触れそうで触れない距離。
雨音が、妙に近い。
「……ねえ」
声が、自分でも驚くほど小さかった。
「もしさ」
ここまで来て、言葉が止まる。
——もし、何?
もし、好きになったら?
もし、期待したら?
そんな“もし”は、
口にした瞬間、壊れてしまいそうだった。
「……何でもない」
「はい」
結城は、理由を聞かなかった。
それが、ありがたくて。
でも、少しだけ、寂しい。
駅に着く。
「ありがとうございました」
「いえ」
傘を返すと、結城は少しだけ間を置いて言った。
「篠宮さん」
「はい」
「……一人で、頑張りすぎないでください」
また、その言葉。
どうしてこの人は、
私が一人でいることを前提に話すんだろう。
電車に乗ってから、
胸の奥が、じんわりと痛んだ。
近づいているはずなのに、
どこにも辿り着いていない。
安心できる距離。
でも、踏み込めない関係。
私は、何を怖がっているんだろう。
——選ばれないこと?
——それとも、選ばれる覚悟?
答えは、まだ見えない。
ただひとつだけ確かなのは。
この関係が、
もう“安全”なだけの場所ではなくなり始めている、ということだった。
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