第3話 大丈夫なふりが、上手くなる年齢
由紀と会うのは、久しぶりだった。
彼女が指定してきたのは、駅直結のファミレス。
子どもを迎えに行くまでの、限られた時間で話すにはちょうどいい場所だ。
「美咲、変わらないね」
席に着くなり、由紀はそう言った。
「それ、褒めてる?」
「どっちだと思う?」
笑いながら言われて、私も曖昧に笑う。
由紀は、二つ下。
でも、結婚して子どもを産んでから、どこか年上のように見える。
「最近、どう?」
「どうって?」
「仕事とか。……それ以外とか」
その“それ以外”を、私は聞き逃さなかった。
「特に、何もないよ」
即答した自分に、少しだけ驚く。
本当に?
何も、ない?
結城の顔が、頭をよぎる。
「そっか」
由紀は、それ以上深掘りしなかった。
その代わり、スマホの画面を私に見せる。
「見て、うちの子。昨日初めて、靴はいたの」
「……大きくなったね」
「でしょ」
幸せそうな笑顔。
眩しいとは思わない。
羨ましいとも、正直よく分からない。
ただ、自分がそこにいないことだけは、はっきりしている。
「ねえ、美咲」
由紀が、声を落とす。
「一人でいるの、平気?」
この質問に、即答できない自分がいた。
「……平気だよ」
少し遅れて、そう答える。
「平気ってさ」
由紀は、私の目を見て言った。
「慣れてる、って意味?」
胸の奥を、指でなぞられた気がした。
「……慣れた、かな」
「そっか」
由紀は、それ以上何も言わなかった。
でも、その沈黙が、何よりも答えだった。
帰り道。
電車の窓に映る自分は、少しだけ疲れた顔をしていた。
私は、一人で生きていける。
仕事もある。
友達もいる。
それなのに。
誰かと並んで歩く夜を、
もう「不要」だと思いきれない自分がいる。
その日の夜、カフェに寄った。
結城は、いつもの席にいた。
「あ」
目が合って、彼が軽く会釈する。
それだけで、胸の奥がほどける。
——ずるい。
私は何も期待されていない。
なのに、勝手に救われている。
「今日、どうでしたか」
「……まあまあです」
由紀の言葉を思い出しながら、曖昧に答える。
「“まあまあ”の日、多いですね」
「大人になると、そんなもんです」
「俺は、あんまり分からないです」
「まだ二十代だもんね」
少しだけ、距離を取るような言い方をしてしまった。
結城は、気にした様子もなく、ただ首を傾げる。
「年齢って、そんなに違います?」
「……違うよ」
思ったより、強い口調になった。
後悔する前に、結城が言った。
「でも、篠宮さんは」
少し考えてから、続ける。
「一人でいそうで、一人じゃない感じがします」
息が止まる。
「どういう意味?」
「周りに人はいるけど……ちゃんと寄りかかってる感じがしないというか」
図星だった。
私は、誰にも寄りかかっていない。
寄りかかる前に、自分で立ってしまう。
「それ、良いことじゃないですか」
そう言ったのは、自分を守るためだった。
「……そうですかね」
結城は、それ以上言わなかった。
帰り際、ふと思う。
この人は、私を変えようとしない。
正解を押しつけない。
だから、こんなに安心できる。
でも。
安心できる関係は、
必ずしも“選ばれる関係”じゃない。
改札を抜けてから、
その考えが、胸の奥でじわじわと広がっていった。
——このまま、この距離でいられたら。
——それでも、私は大丈夫だろうか。
答えは、まだ出ない。
ただひとつだけ分かっている。
私はもう、
「何もない」とは言えなくなっている。
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