第2話 恋愛じゃないと言い聞かせる夜
結城透からのメッセージは、それきりだった。
翌日も、その次の日も。
「また行きますね」も、「お疲れさまです」もない。
それが、正直ありがたかった。
期待しなくていい。
返事を考えなくていい。
既読の時間を気にしなくていい。
——大人の恋愛って、もっと楽なはずでしょう?
私は自分にそう言い聞かせながら、
また同じカフェの扉を押していた。
「こんばんは」
昨日と同じ声。
昨日と同じトーン。
でも、心臓がほんの少しだけ早くなるのが分かる。
「今日は早いですね」
「たまたまです」
たまたま、残業がなかった。
たまたま、家に直帰する気になれなかった。
たまたま、ここを思い出した。
——全部、たまたま。
結城は、私の言葉を深掘りしない。
「何があったんですか?」とも聞かない。
それが、また心地いい。
隣の席に座ると、カップの縁から立ち上る湯気が、少しだけ視界を曇らせた。
「篠宮さんって」
結城が、画面から目を離さずに言った。
「仕事、好きですか」
不意打ちだった。
「……嫌いじゃないです」
「即答じゃないですね」
「即答できるほど、純粋じゃないです」
自分でも、少し可愛げのない返しだと思った。
でも、結城は気にした様子もなく、ただ「そうですか」と頷いた。
「俺は、好きかどうか分からないです」
「じゃあ、なんで続けてるんですか」
「辞める理由もないので」
その答えが、なぜか胸に残った。
好きだから続ける。
嫌いだから辞める。
そうやって割り切れなくなったのは、いつからだろう。
「篠宮さん」
「はい」
「今日は、このあと予定ありますか」
一瞬、息が詰まる。
——来た。
——ここから、恋愛の流れになるやつ。
でも、結城は続けて言った。
「この店、九時で閉まるので」
それだけだった。
自意識過剰だったことに、少しだけ恥ずかしくなる。
「特に、ないです」
自分でも驚くほど、自然に答えていた。
「よかった。駅まで、一緒に帰りませんか」
誘い方が、あまりにも事務的で。
でも、拒否する理由も見つからなくて。
「……はい」
夜の空気は、思ったより冷たかった。
並んで歩く距離は、近すぎず、遠すぎず。
恋人同士みたいに腕が触れることもない。
「寒くないですか」
「大丈夫です」
「そうですか」
それで終わり。
——本当に、この人は。
沈黙が苦じゃない。
埋めなくていい空白。
駅前で立ち止まる。
「今日は、ありがとうございました」
「こちらこそ」
それ以上、言葉は続かなかった。
改札を越えてから、ふと振り返ると、
結城はもう来た道を引き返していた。
手も振らない。
名残惜しそうな素振りもない。
なのに。
胸の奥が、少しだけ寂しい。
——おかしいな。
これは恋愛じゃない。
そう、何度も確認したはずなのに。
電車に揺られながら、スマホを見る。
メッセージは来ていない。
でも、今夜はそれでいいと思えた。
期待されない。
縛られない。
未来を問われない。
それなのに、
「また会えるだろう」という確信だけが、静かに残っている。
恋愛じゃない。
恋愛じゃない。
そう言い聞かせるたびに、
その言葉が少しずつ、嘘になっていく予感がしていた。
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