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私には夫が居る

作者: 小雨川蛙

 私には夫が居る。

 私の指には指輪がない。


 じぃっと見たところで指輪が出てくるわけでもない。

 それなのに私は今日も朝起きると自分の薬指をじっと見つめる。


「いつまで寝ているの!」


 お母さんの声が響いた。

 だから私は起き上がり学校へ行く準備をする。

 高校生になってからもう半年。

 周りの友達の何人かは彼氏や彼女が出来始めているのに私にはそんな人がいない。


 けど、仕方ないかなって思う。

 だって、私には夫が居るから。

 そう思うしかない。



 *


 私には両親が居る。

 私を産んだ両親だ。

 お母さんもお父さんも私の事を誰よりも理解してくれている。

 だけど、私に夫が居ることを二人は知らない。


 私には義理の両親はいない。

 ううん。

 これは正しくないかも。

 正直に言えばどこに居るか分からない、だ。


『ありがとう。本当にありがとう』

『この子もきっと喜んでいます』

『だからね。必ず迎えに行くからね』


 結婚した時、夫の両親はそう言ってまだ四歳の私に泣きながらペコペコと頭を下げていた。

 だけど、会ったのはそれっきり。

 夫の家に行っても、そこにはお家なんてないし誰もいない。


 影も形もありゃしない。

 まるで狐に化かされていたみたい。



 **



 私が四歳の時。

 近所でお葬式があった。

 だけど、気づいたのは私だけ。


「ねえ、何で泣いているの?」


 お葬式に居たのは夫の両親の二人だけ。

 二人だけで死んだ人を弔っていた。


「息子が死んじゃったの」

「大切な息子が」


 二人がそう言ったので幼い私は無遠慮に棺を覗き込んだ。

 そこで眠るお兄さんは寝ているみたいに穏やかだった。


「結婚もしていないのに」


 お父さんがそう言った。

 大きな目玉がぎょろりと向いた。


「ねえ、あなた」


 お母さんが声をかけてきた。

 両方の目の色が底冷えする青に変わる。


「息子のお嫁になってくれる?」

「もう死んじゃっているのに?」

「それでもいいから」

「あぁ、お願いだ。お嬢さん」


 幼い私は何も考えていなかった。

 ただ死人と結婚できないという知識しかなかった。


「死んじゃった人とは結婚できないよ」

「確かに生きている人と死んだ人は結婚できない。だけどね」

「そう。お嬢さんも死んじゃえば結婚できるよ」


 幼い私は何も知らなかった。

 だから私は素直に頷いた。

 頷いてしまった。


「そっか。死んじゃえばいいんだ」

「そうだよ。そう」

「なってくれるかい。お嫁さんに」

「うん。いいよ」


 夫の両親はにっこり笑う。

 泣きながら。

 それでも嬉しそうに。


 それで私の運命はもう決まっちゃった。



 ***



 あれから十年以上過ぎて結婚できる歳になった。

 数年前に法律が変わったおかげで私は二年だけ得をした。


「十八歳の誕生日おめでとう!」

「もう結婚出来るな」

「やめてあげなよ。この子まだ彼氏いないんだから」

「ていうか、あんた友達が十八になる度に言ってんのな」

「いい加減飽きたわ」


 私が十八歳になった時。

 友達は盛大に祝ってくれた。

 私が友達にしたのと同じように、皆も私を――。


「大学では彼氏できるといいな」

「周りで彼氏一回も出来たことないのあんただけだしね」

「お前みたいに浮気されまくるよりはマシじゃね?」

「あんた!」


 毎年、同じように皆が楽しく騒ぐ。

 この時間が続くものだと皆思っている。


 だけど、ごめんね。

 私。

 もうお嫁に行かないといけないの。


 あーあ。

 本当。

 馬鹿なことしちゃったなぁ。



 ***



 ――この町では奇妙な噂がある。

 十数年前に突如失踪した女性の姿が時折見られるというのだ。

 彼女の両親や友人は今も女性を探しているし、そんな彼らもまた彼女を何度も目撃している。

 けれど、彼女に声をかけても反応はなく、近づくと立ちどころに消えてしまう。

 彼女の両親もまた娘を目撃しているが声をかけても反応はなく、それどころかこちらを認識してすらいないらしい。

 最近ではついに呼びかけることも諦めたのか、両親は娘を亡き者として扱っていると聞く。


 故にこのお話はただの噂で終わるのだ。

 終えることが出来るのだ。


 なにせ、当事者の特定はもう不可能なのだから。

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