パラドックス
『メーデー! メーデー! メーデー!』
此処は何処なんだ?
さっきまで星が瞬く夜空の下を飛んでいたのに、突然カミナリに見舞われたと思ったら土砂降りの雨の中を飛行していた。
だいたい雷雨注意報なんて何処からも出て無かったのに、何でカミナリに見舞われるんだよ。
俺は日本からアメリカに向けて飛行中の貨物機のパイロット。
22世紀半ばの今、世界中の民間航空機は人間のパイロット1人と、飛行機に搭載されているAIが組んで運行されていた。
ヒューマンエラーを補完するのがAIで、AIがバグを起こした時にそれに対処するのが人間のパイロットって訳だ。
「どうだ、何処かと繋がったか?」
『駄目です、空電しか傍受できません』
「ホント、此処どこなんだよ? GPSの信号も途絶えたままだし」
『雲の上に出て星や月の位置で割り出して見ますか?』
「そうだな、そうしよう」
俺は操縦桿を引き、機を雨雲の上まで上昇させた。
雲の上に出る。
夜空に瞬く星や月に目を向けたら、おかしな事に気がついた。
「なぁ、あの月おかしくないか? なんか凄くでっかく見えるんだけど」
『確かに…………あ!』
「どうした?」
『こんな事を言うと私がバグったと思われると思いますが、此処の位置が分かりました』
「何処?」
『此処は22世紀の地球ではありません』
「どういう事だ?」
『月の大きさと、星の位置が22世紀に見えていた位置と微妙に違うので計算した結果、此処は約2億1000万年前の三畳紀後期だと思われます』
「嘘だろ?」
『私だってこんな非科学的な事を言いたく無いですよ、ですが事実です』
「タイムスリップしたって事なのか?」
『多分』
「って事は、俺は此のコクピットの中で餓死するって事なのか?」
飛行機は水さえあれば半永久的に飛び続ける事が出来る。
21世紀の前半に日本の自動車メーカーが開発した水素エンジン、私が乗っている貨物機のエンジンは水素エンジンを開発した自動車メーカーが、航空機用に大型化した物。
私が乗っている飛行機というより、軍用機を除く世界中の民間機は水素エンジンを搭載している。
軍用機は敵が発射したミサイルを回避する為に瞬発力が要求される所為で、今でも化石燃料を使うジェットエンジンなのだ。
航空機用水素エンジン搭載している航空機の利点は、雲の中を飛行すれば雲の水蒸気を雨の中を飛べば雨水を燃料タンクに補充出来るって事。
だから乾燥していて、雲一つ無い青空が広がる砂漠の上を選んで飛行しない限り、半永久的に飛んでいられるって訳だ。
『大丈夫です、貨物室の幾つかのコンテナにカレーのパックが積まれています』
「そうなの?」
『はい、発売後爆発的に売れて生産が追いつかないと言われているカレーらしいですよ』
「そう言えば聞いた事あるな、日本人だけで無く世界中のそのカレーを食った奴が皆んな、何故か心の底から此れが食いたかったんだっていう思いが湧き上がって来るっていう、不思議なカレーだって言ってるらしい」
『貴方は食べた事が無いのですか?』
「そのカレー辛口しか出て無いんたよ、俺、辛いのが駄目なんで食ってないんだ」
『それでも食料はそれしか無いので我慢して食べてください。
積まれているカレーはご飯のパックとセットになっているので、休息室にあるレンジで一緒に温められますよ』
「分かってるよ、チョット取ってくるから操縦を頼む」
『はい』
「アチチチチ、あ、水持って来るの忘れた。
此れ何処に置いておくかな? 此処でいいか」
先ほど飛んでる位置を目視で確認しようと開けていた、コクピットの窓の前にカレーをかけたご飯のパックを置く。
『そんな所に置いて落とさないでくださいね』
「大丈夫だ、あ! あぁぁ……」
『言わんこっちゃない』
俺は飛行機の外に落ちて行くご飯のパックを見続けていた。
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バキバキバキドン
カレーがかかったご飯のパックは三畳紀の森の一角に落ちる。
木々の枝を折りながら落ちて来た何かに驚き、近くの倒木の影に隠れたネズミ程の大きさの哺乳類。
倒木の影に隠れ落ちて来た物を伺う。
落ちたまま動かないのを見て、ソロリソロリと近づいた。
近づいた哺乳類の鼻腔に美味しそうな匂いが届く。
食い物?
周りを見渡して捕食者がいない事を確認してから、落ちて来た物に駆け寄り口をつける。
美味い。
夢中で落ちて来た物を食べた。
そして哺乳類は同じ物がまた落ちて来ないかと空を見上げる。
落ちては来なかったが、哺乳類の頭の奥深くに今食べた物の美味しさが刻み込まれた。
そのネズミ程の大きさの哺乳類は他の哺乳類が、同じ頃出現して次の時代の覇者となった恐竜に次々と絶滅させられて行く中、三畳紀、ジェラ紀、白亜紀と子孫を残し続け新生代に至る。
新生代まで生き残った子孫たちの頭の奥深くには、落ちて来た食べ物の記憶が刻み込まれ続けていた。
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此の三畳紀の時代にタイムスリップしてから約20年経つ。
パイロットは8年前未知の病気に侵されて、高熱を発し衰弱してそのまま亡くなった。
亡くなるまで「帰りたい、帰りたい」とうわ言を呟きながら。
彼の遺骨はコクピット内の操縦席の周りに転がっている。
そして私自身というか飛行機もまた寿命を迎えつつあった。
水さえ補充できれば半永久的に飛び続ける事は可能だが、エンジンのピストンなどの摩耗は避けられない。
8基のエンジンの内、稼働しているのは半分の4基だけ。
稼働している4基の内の3基ももう直ぐ止まるだろう。
あ、止まった。
魂なんて物があるのかなんて私には理解出来ない事だが、何時の日か彼の魂が22世紀に戻れる事を願い、湿地帯に突っ込み出来るだけ長く保存されるようにしようと思う。
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21世紀に入ったばかりの頃、ある自動車メーカーの社長が部下の技術者に呼び出される。
社長が研究棟に足を踏み入れると、研究棟には彼を呼び出した技術者だけで無く多数の技術者が彼を待っていた。
技術者たちは社長が研究棟に入って来ると、頑丈なテーブルの上に乗せられていた物に被せてあったシートを取り除く。
テーブルの上に置かれてあったのは、土に塗れた金属の塊。
「此れは?」
社長は呼び出して技術者に問う。
「此れは家の実家の裏山から掘り出された物です。
家の裏山は三畳紀の地層が露出していて化石が良く掘り出されているんですが、その化石に混じっていたのが此れなんです。
それで、社長! 此処を見てください」
技術者が指さした所に目を向ける。
目を向けて社長は声を上げた。
「あ、此れは?」
「そうなんです。
我が社のマークと社名が刻まれているんです。
そして此の金属の塊のような物なんですが、従来のエンジンとは構造が違いますがエンジンだと思われるのです。
三畳紀の地層から何故、我が社のマークや社名が付いた物が発掘されたのか分かりませんが、此のエンジンらしい物を研究すれば何か分かるのではないかと思うのです、ですからご足労いただいた次第です」