第65話
また、同じ夢を見る。何度も何度も繰り返される夢。
暗い闇の中、結月と莉乃は再び向かい合っていた。何か、言わなければならない。否、言いたいことがあるような気がした。だが結月が葛藤している間に、莉乃が一足早く口を開く。
「っ……」
聞きたくない。言わないで。そんな結月の願いは叶わず、莉乃の声が耳に届いた。
「ありがとうございました」
「……え」
思いもよらない言葉をかけられ、結月は思わず俯いていた顔を上げる。
「でも、私は……莉乃を、守れなくて……」
自然と溢れる涙を拭い、結月は莉乃に手を伸ばした。
「ごめん……ごめん、莉乃……私はずっと……本当は、ずっと」
謝りたかったのだ。だが、言えなかった。あの日から逃げ続けていた。莉乃は結月の手を取り、そしてゆっくりと抱き締める。
「初めて会った時から、大好きでした。私を気にかけてくれてありがとう。結月さんは、生きてくださいね」
「待って」
「もう私は現れません。でも結月さんなら、きっと大丈夫ですから」
「待って、莉乃……!」
「最後に伝えられて、よかった……」
莉乃の輪郭が朧気になっていく。結月が伸ばした手は宙を掴むばかりで彼女に届かない。莉乃は笑っていた。笑って、泣いていた。本当の別れを悟り、結月は一度俯く。次に顔を上げた結月の目に涙はなかった。
「私の方こそ、ありがとう」
最後はきっと、莉乃が安心してくれる言葉で。彼女が、望んでいる言葉を。
「私、莉乃の分まで、生きるから。ちゃんと、生きるから。心配しないでね」
莉乃は安心したように頷き、消えていった。そして結月は夢から覚める。
※※※
それから数日後。現実世界に帰還した結月は未開発エリアのレストランに足を運んでいた。
店長お手製のホットココアにマシュマロを投入しスプーンでかき混ぜる。口に含むと冷えた身体を中からじんわりと暖めてくれた。
「十回クリアおめでとうございます、結月さん。これで二桁台到達ですね」
「ようやく初心者を卒業したな」
「うんうん、無事で何よりだよー」
今日は店長が店を貸し切り状態にして、結月の十連勝記念パーティーを企画してくれている。テーブル上には結月の好物が並び、零や唯斗を筆頭に珍しく紗蘭までもが店に顔を出していた。
「嬢ちゃん、今日は好きなだけ食っていっていいんだからな。遠慮なんてすんなよ? 何せ全額零さん持ちだ」
「うん、ありがとう」
たったの数ヵ月で失ったものはあまりにも大きい。だが、得たものも同じくらいあった。今は、それで良しとしよう。
「結月ちゃん、百回クリア狙うんだって?」
「あー、まぁできるかは分かんないけどね。ひとまずの目標として……」
「ひとまずで片付けるには高望みすぎる目標だと思いますけどねぇ。あ、店長ガトーショコラおかわりで」
いつの間にか結月の隣に腰かけていた怜央に向けて苦笑しつつ結月は考える。あの第十ゲームを経て、結月は人生初と言っても過言ではない目標を立てていた。それが未だ誰も成し遂げたことのない百連勝達成である。
この業界で生きていればいずれは直面する課題であるし、何より伊織の願いだ。無下にすることはできない。
失われた命と奪った命。手に入れたものと零れ落ちていったもの。
数ヵ月前の自分とは色々な意味で変わってしまった。たとえ百連勝して東京のボロアパートに帰ったとしてもそれまでの自分と同じように生きることはできないだろう。したくもない。
「あと九十回かぁ。キツいなぁ……」
「まぁまぁ焦らなくていいじゃん。結月ちゃんにはこの街にだって、ちゃんと居場所があるんだから」
「……確かに、それもそうだね」
帰る場所があるということは、自分を待っていてくれる誰かがいるということはきっと何よりも幸せなことだ。それを頭ではなく心で理解できたから。結月はもう大丈夫だ。
「それじゃ、結月ちゃんの十連勝を祝してー」
シャンパンの入ったグラスを持ち上げる唯斗に倣って結月もグラスに持ち変える。
「乾杯!」




