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アルカディア・ゲート  作者: 葉月エルナ


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第64話

 伊織の隣で煙草の火を眺めていると、その視線に気がついたのか伊織は結月に煙草を差し出した。

 

「吸うか?」

「私、まだ未成年だよ」

「殺しまでやっている人間が今さらそんなことを気にするのか」

「……それもそうだね」

 

 伊織から煙草を受け取りぎこちない仕草で咥える。火をつけてもらって大きく息を吸い込んだ結月は、煙に喉を刺激されて派手に咳き込んだ。

 

「おい、最後の一本だぞ。大事に吸えよ」

「そんなこと、言われても……げほっ、こほっ……」

「いきなり肺に入れるからだ。とはいえ、お前にもできないことがあったとはな」

 

 珍しく伊織が面白そうに口元を歪める。結月は紫煙を吐き出しながら涙を拭った。

 

「伊織は私のこと何だと思ってるのさ。私にだってできないことの一つや二つあるよ」

「そうか? 何でも卒なくこなせるイメージだが」

「無理無理。ほら、前も私伊織に料理ねだってたでしょ? 何にもできない人間だよ、私は」

 

 苦いような辛いような、でもどこか甘いような不思議な味に眉をしかめつつ結月は言う。自分の分を吸い終わってしまったらしい伊織に吸いかけの煙草を押し付けると、伊織は結月の瞳をじっと見つめた。

 

「違うな」

「え?」

「お前はやらないだけだ。やれば人並みにはできるんだろう?」

「……やったことすらないから、分からないよ」

 

 確かに結月はいわゆる器用貧乏と呼ばれるタイプの人間だ。上達も早い。だが人並み以上になれた経験は驚くほど少なかった。それこそゲームくらいのものだ。それも負けてしまったわけだが。

 

「変わったな、結月」

「……」

「初めて会った時のお前ならできる(・・・)と言ったはずだ」

「そうかもね」

 

 伊織は煙草を床に投げ捨てると革靴の底で踏みにじって火を消す。

 

「ここから先は、決闘でもしながら話すとするか。内容はお前が決めろ」

「じゃあ、射撃で」

 

 空間が歪み、眼前に簡素な射撃場が出現した。十回勝負の一回目、先手は結月。伊織は特に妨害することもなく黙って見守り、結月は手堅く満点を奪取する。

 

「お前はこれからもゲームを続けるのか?」

 

 拳銃を構えて的に照準を合わせながら伊織が問う。結月は深く考えることなく頷いた。

 

「うん、やるよ。死ぬまで引退するつもりはない。もう決めたんだ」

「そうか。お前なら本当に百回クリアを達成できるかもしれんな」

 

 それからも交互に引き金を引くが、点差は一向に広がらない。膠着状態が続く中、それでも結月の心は穏やかだった。伊織の方もそれは同じようで焦っている様子は見受けられない。

 

 最終ゲーム、最後の一発。結月の放った銃弾は真っ直ぐに的の中心を撃ち抜いた。決闘の行方は伊織の銃弾に託される。延長戦にもつれ込むかもしれないな、と考える結月の耳に伊織の声が届いた。

 

「お前になら、安心して任せられる」

「……え?」

 

 的を狙っていたはずの銃口はいつの間にか下げられ、伊織は適当な方向に向けて引き金を引いた。

 

「……どうして」

 

 呆気に取られる結月を振り返り、伊織は乾いた笑みを溢す。

 

「もう疲れたんだよ。命のやり取りにも、こんな街で生きていくことにも」

 

 だから死ぬというのか。結月に勝ちを譲って。

 

「颯真が死んだから?」

「そうだな。元々、俺がここに来たのはアイツに誘われたからだ。アイツがいないなら何の意味もない」

「……私は、伊織に生きていてほしいよ」

 

 たとえそれが結月の傲慢だとしても。

 

「奇遇だな。俺も、同じことを考えていた」

 

 伊織はゆっくりと結月の頭を撫でると華奢な身体を抱き締める。煙草の香りが結月の鼻腔を擽った。

 

「逃げなくていいのか?」

「この状況で逃げたら、伊織が可哀想だから」

「言ってくれるな」

 

 それからどれほどの時間が流れただろう。どちらからともなく身体を離し、伊織は結月の乱れた髪を手櫛で直す。

 

「生き残れよ、結月。お前は百回クリアして家に帰れ。お前ならできる」

「そう上手くいくかな。でも、まぁやれるところまではやってみるよ」

 

 これ以上話していたら何かが溢れてしまいそうで、結月は視線をそらした。伊織もそれを察したのか結月の肩を軽く押す。

 

「もう行け。ゴールするまで振り返るな。泣く必要も、悲しむ必要もない。俺の最後を託せたのが、お前で良かった」

 

 結月は数歩たたらを踏み、だが覚悟を決めて走り出した。一つ扉を開ける度に立ち止まりたくなる。振り返ってしまいたくなる。そんな思いを振り切るかのように結月は足を動かし続けた。

 

 最後の部屋に飛び込んだ瞬間、嗚咽と共に雫が頬を伝って床に落ちた。

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